10:無事に下山できたのだけど。
どうやら本当に認められたらしい。
散々迷って下りることのできなかった山道は、まさに術が解けたかのようにあっさり通過。次第に村が見えてきた。
「も、もういいっ! 降ろしなさいっ!」
霧の中、かすかに見える低層の家屋。見覚えのある町並みが見えてきたところで私は叫んだ。
「なんでだよ? 怪我してんだから遠慮するなって」
「恥ずかしいのっ! 言うとおりにしなさいっ!」
私は今、ザクロに抱きかかえられている。
というのも、足元を爆破させるなんて荒業をやった際の怪我に気付かれ、それを心配したザクロが強引にそうしたからだ。手当てはちゃんと済ませてあるし、痛みはあるものの歩けないわけではない。
まぁ、結構派手に焼けていたから、見た目はかなり悲惨な状況ではあったのだけど。
それにしても心配すぎだと思う。
とはいえ、私に怪我を負わせるつもりがなかったザクロにとっては非常事態だったようで、気付いたときの動転ぶりは私がなだめることができないんじゃないかと逆に焦ったほどだ。
炎を使えるのにあえて物理攻撃にしてきたのはそのためなんだろうし。そういうのに気付いちゃったからおとなしくされるがままになったわけで。
喚く私に、ザクロはにやりと笑って口を開いた。
「別に龍神が龍の繰り人に従わなきゃならんわけじゃないからなぁ」
くっ……わざとこれやってるっ!
私は恥ずかしさで真っ赤になりながらもう一度叫んだ。
「そういう意図はないっ! いいから降ろしなさーいっ!」
ザクロに案内されて到着した赤紫の霧に包まれた村は早朝だというのににぎやかだった。
「えっと……これは何の準備?」
龍神の祭りの最中ではあるはずなのだが、それとはまた違うように思える。昨日この村に到着したときと雰囲気が変わって見えた。
「君の『龍の繰り人』合格祝いさ。構わないだろ?」
「合格祝い……?」
私は状況が飲み込めず、ぽかんとしてしまう。そんな私を見て、ザクロは続ける。
「なんだ、嬉しくないのか? 村人全員で祝ってやろうって言うのに」
「え? あっ……」
嬉しくないだなんてとんでもない。文化調査員になったときも、こんなにたくさんの人に祝ってもらえなかったのだ。まさかこんな催し物が待ってくれていただなんて。
胸の奥がジーンとする。涙が出そうになって、咄嗟に私は目を拭った。
「嬉しいに決まっているじゃない」
「そう。それは良かった。俺たちは君がこの村に戻ってくる日をずっと心待ちにしていたからな。きっと盛大なものになるぞ」
楽しそうに笑って村の人々を見つめる横顔が視界に入る。
え……?
ザクロが告げた意味がわからない。何のことを言っているのか、私の聞き間違いではないかと思って彼を見上げ、そこで思い出す。
そうだ。私、まだ彼に聞いてない。私の家族のこと――
ザクロが龍神様であるとわかって驚いたり、怪我しているのが見つかって大騒ぎしたりしていたせいですっかり忘れていた。いつでも訊けるとわかってほっとしてしまったと言うか。
「ねぇ、ザクロさん」
「ん? なんだ?」
彼の炎の瞳が私に向けられる。
「一つ確認させて欲しいことがあるんだけど――」
「おおっ! 帰ってきてましたかっ!」
私の台詞を遮って声を掛けてきたのは、忘れようもない憎き相手。
怒りの気持ちはすぐさま沸点に到達し、ザクロに言おうとしていた台詞そっちのけで、瞬時に声の主を視界に捕らえる。そして私はつかつかと移動し、対峙した。
「村長っ! よくも私を生け贄にしてくれたもんですねっ!」
怒りを爆発させて怒鳴ると、村長は私が口を開く直前に耳をふさいでやり過ごした。
「いやいや。無事なようで何よりです」
「無事って……酷いじゃないですかっ! 私、本気で死ぬんじゃないかって思ったんですよっ!」
私が不満な気持ちを込めて抗議していると言うのに、村長はとても涼しげに微笑んでいる。そして中年の彼の視線は、私の後ろに立つ大柄の青年に向けられた。
「やはり彼女があなた様が捜し求めていた娘だったと思ってよろしいですか?」
「えぇ」
照れくさそうに頬を掻くザクロ。そんな彼に上機嫌な村長は話を続ける。
「それは喜ばしいことです。こちらに顔を見せたという事は、適性もあるとみてよいのでしょうかね? うまくやれそうですか?」
「この地域の呪縛を破るには充分な力は宿してるし、問題ないだろう。相性も悪くないはずなんだが、今のところ片想いのようで」
軽い口調で冗談めかし、ザクロは肩を竦めて自嘲気味に笑う。
ん……私はどこから突っ込んだら良い?
ザクロの何気ない台詞には気になる単語がたくさん並んでいた。どこから詳しい説明を求めたらよいだろうか。
私がむすっとしたまま視線をザクロに向けていると、彼は気の良いお兄さんのような調子で話しかけてきた。
「何がそんなに不満なんだ?」
「だって村長を巻き込んで私を陥れたってことでしょっ! みんなして私に『龍の繰り人』の適性があるかを試していたってことなんじゃない。ひどいわ、黙ってるだなんて」
責めるような口調で告げる私に返してきたのは、ザクロだった。
「そう腐るなよ。――それに、君は本来ならこの村か、少なくとも俺の支配する地域で育ち、もっと早く出会うはずだったんだぞ」
なんですと?
私はザクロの話に耳を傾け集中する。自分の出自に触れたからだ。
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