第2話「探していた姉は…」

 昨夜のことをまだ怒ってたのか、朝飯はコンビニのおにぎり1個とカップの味噌汁だった。

 後で調べてみたら、誉め言葉でも内容によってはセクハラになるらしい。

 女性を褒めるって難しいな…と思った。


 礼香との共同(?)生活をするようになって1か月が過ぎたが、夕凪姉妹に関する情報は何も得られなかった。

 そんなとき、部屋を紹介してくれた元バイト仲間から電話がかかってきた。

『よぉ。あの部屋に住んでもう1か月になるけど、まだ生きてるか?』

「生きてなかったら、電話に出れるわけないだろ」

 俺の皮肉を込めた返事に、相手は笑った。

『まぁそうだな。“悪魔レベルで怖いもの知らず”なお前なら、大丈夫だと思ってあの部屋を紹介したんだ。バイトで世話になってた礼もしたいと思ってたしな』

 悪魔レベルは余計だ・・・。

「…お前、“恩を仇で返す”って言葉を聞いたことないか?」

 低い声で聴くと、相手は焦ったような返事をする。

『ま、まぁそう怒るなよ。家賃は前のアパートより安くしてやったし、水道光熱費は俺が負担してるんだぜ?』

 この前明細を見たら、家賃しか負担がなかったのはそういうことか…。

『まぁとにかく、元気そうで安心したぜ』

 本当に安心している感じだった。

 そういえば、こいつにまだ夕凪姉妹のことを聞いてなかったな・・・

『夕凪…俺も聞いたことないな…』

 聞いてみたが、返事は期待できるものではなかった。

「そうか…」

 さすがに落ち込んでしまう。

『一応、こっちでも調べてみる』

「わかった」

 この後は軽く雑談を交わして電話を切った。


 あの部屋のことでからかってきたのは、元バイト仲間だけではなく、職場でも「よく生きてるな?」なんて言われたりしている。

 礼香が飯を作ってくれたりするから、前より快適に過ごしていることを話したら、みんな飛び上がるぐらい驚いた。

「よく、あの部屋で幽霊と一緒にいられるな? 怖くないのか?」

 部屋のことを知っている上司が聞いてきた。

 俺が怖いもの知らずだということを知ってる人は少ない。

「普通は怖いのかもしれませんが、無害だってわかったら怖くなくなりました。しかもその幽霊が可愛い顔してる上に、綺麗な黒髪で…」

 まさに、好みのタイプだ。

 これを聞いたみんなは、ドン引きした顔をしていた。

「怖いもの知らずだな…」

 ボソっと言ったつもりなのだろうが、丸聞こえだ。


 昼になり、食堂に行こうとして、そのためにカバンから財布を出そうとすると、カバンの中には見慣れない包みが入っているのを見つけた。

 なんだろうと思いながら、取り出して包みを開けてみると、四角いプラスチックの箱が入っていた。

 少し重みがある。まさかと思って開けてみると、それは弁当だった。

(まさかあいつが? それにいつの間に…)

 変に思いながらも、ふたを開けてみると、うまそうなおかずがいろいろ入っていた。

(思ってた以上に、料理上手なんだな…ん?)

 包みの中に折りたたまれた小さな紙があったので、それを見てみると・・・

『褒め過ぎ』

 どこかで見てるのか…?

 気を取り直して弁当を食べ終え、この後は定時まで仕事した。


「ただいま」

 部屋に帰り、入り口を開けると、礼香が立っていた。

『おかえり。お弁当、どうだった?』

 と、書いた紙を見せてくる。

 それを見た俺は、カバンから包みを出して言った。

「うまかったぜ」

 正直に言うと、礼香は頬を赤くした。

「幽霊も照れるんだな?」

 と言ったら、

 コン!

「いて!」

 いつの間にか、横に浮いていたお玉で頭を叩いてきた。

『一言余計!』

 そもそも、調理器具で叩くなってんだ。


 気を取り直して、礼香が作ってくれた夕飯を一緒に食べる。

 ただ、礼香の姉に関する情報が、未だに何の手がかりもつかめないことに申し訳ない気持ちもあって、折角作ってくれたのに味気を感じられなかった。


 この後は風呂に入り、ちょうどいい温度の湯に浸る。

「あれで幽霊ってもったいないなぁ…」

 なんて呟く。

「可愛い顔と綺麗な黒髪…俺の好みなのに…」

 と呟いたら、

 ザッバーン!!

 と頭の上から滝のように湯がかかってきた。

「・・・・・・」

 何なんだ一体…


 気を取り直して体と頭を洗い、風呂から出た。

 寝巻に着替えてバスルームから出ると、前と同じように礼香が怒った顔をして立っていた。

『独り言でもあんなこと言わないで!』

 と書いた紙を突き付けてくる。

「本当のことなんだからいいだろ?」

 コン!

 隠したはずのお玉が、いつの間にか横に浮いていた。

「いて! それをやめろって言ってるだろ!」

『うるさい! 次にあんなこと言ったら、今度はフライパンで叩くから!』

 これを聞いて、照れ隠しもここまでくると、さすがに怖いと思った。


 いろいろありながらも、この生活を楽しんでいる自分がいるのも事実だが、いつまでも続かないだろうと思っているのも事実だった。


 それがこんなに早く来るとは・・・。


 ある日、元バイト仲間から連絡があったが、その時の声にはいつものような明るさがなかった。

 つまり、かなり深刻な内容なのだろう・・・


 この数分後にある神社で会って何事かと聞くと、夕凪姉妹に関する情報をつかんだとのこと。

 神社を選んだ理由は、ここなら幽霊にも聞かれないからだそうだ。

 ついにわかったのかと思ったが、この後聞いた内容は、まったく予想もしないことだった。


 問題は、これを礼香にどんな顔をして知らせればいいのだろうか・・・。


 元バイト仲間と別れ、夕方まで軽く散歩して、一人で部屋に帰った。

『おかえり…どうしたの?』

 俺の表情から何か感じたのだろう。

「ちょっとな…飯の後で話すから」

 それだけ言って、夕飯まで自分の部屋に籠った。


 この後は特に何も起こることなく夕飯を食べたが、どう話そうかとばかり考えていて、料理の味はわからなかった。


 夕飯を食べ終え、二人で使った食器を洗い、終わったところで礼香に話があると言って、二人でちゃぶ台を挟んで座る。

 前もって、礼香の姉のことだと伝える。しかし、いきなりどうかと思いながらも、調べて分かったことを伝えることにした。

「礼香の姉、夕凪怜美は…2年前に、亡くなってた」

 これを聞いた礼香は驚いて口を手で覆った。

 無理もないと思った。探していた姉が、あの世にいるのだから・・・。

「それも、86歳でだ」

 この内容に、また驚いた。

「つまり…行方不明になって、60年が過ぎてたんだ」

 元バイト仲間からの情報に、俺も飛び上がるぐらい驚いた。

 ちょうどこの部屋は、礼香が流行り病で息を引き取った場所だから。

 礼香の両親も、数年前に流行り病で亡くなっていた。

 姉の怜美は、礼香が亡くなって数か月後に結婚して、性は朝霧に変わって家を出たのだった。

 誰もいなくなった家は取り壊され、今のマンションが建ったのだ。

 礼香はそれを知らずに、自分が息を引き取った場所であるこの部屋で、ずっと姉の帰りを待っていたのだ。

「妹を流行り病から救えなかったことを、ずっと悔いていた。そのこともあって、自分の娘に麗香って名前を付けたって言ってた」

 俺はその話を、本人から何度か聞いていたことを思い出した。

『姉と知り合いだったの?』

「俺は知り合いというより、孫だ」

 これを聞いて、礼香はまた驚いた。

 麗香は叔母で、俺は叔母の弟の息子なのだ。

 しばらくして落ち着き、何かを書いた紙をゆっくりを見せてくる。

『姉は、幸せだった?』

「幸せだったと思う。いつも笑ってたから」

 この時になって、思い出したことがもう一つあった。

「妹のこと話してる時の祖母ちゃん、いつも優しい顔をしてた」

 そしていつも最後に、「妹に会いたい」と言っていた。

「これ、覚えてるか?」

 言いながら見せたのは、左腕の古ぼけた腕輪だ。

「祖母ちゃんが若い時に、礼香に作ってもらったって言ってた」

 俺はそれを左腕から外して渡し、礼香は腕輪をそっと受け取った。

「祖母ちゃんはこれを、いつも左腕につけてた。本当に大事にしながら…」

 だからこそ、60年以上が過ぎた今も壊れなかったのだろう。

「家族思いのいい祖母ちゃんで、妹思いのいい姉だったんだな…」

 呟くように言うと、礼香は何かを書いた紙を見せてくる。

『姉を探してくれてありがとう。やっと、会いに行ける』

 礼香を見ると、体が淡く光りだした。

「もう行くのか?」

 俺の質問に、礼香は頷く。


 礼香の体は徐々に透明になっていき、しばらくして完全に消えた。


 その場に紙があったので、見てみると、

『私が好みだと言ってくれたこと、嬉しかった。でも、褒めるときに体のことを言ったら駄目だからね?』

「褒めるときは、本当に気を付けないといけないな」

 と言いながらも、笑っている自分がいた。


 それから月日が過ぎ、お盆の時期になった。

 あれからたまにだが、礼香のことを思い出しては姉に会えたかな?と思う日々を過ごしている。


 近くの神社で祭りがあり、祭りが好きな俺は、夜になって一人で行った。


 参道に並んだ屋台の中にフライドポテトが目に入り、それを買って拝殿の近くにあるベンチに座って食べる。

 そこへ・・・

「それ、美味しい?」

 女性に声を掛けられ、顔を上げると浴衣姿で目の前に立っていた。

「美味いけど…!?」

 更に顔を上げて、相手の顔を見たときに驚いた。

「れ、礼香!?」

 目の前の女性は、礼香を鏡に写したかのようにそっくりだった。

「誰それ?」

「あ…す、すいません。知ってる人によく似てたので…」

「そうなんだ…私は優紀ゆうき 玲那れな。よろしくね」

朝霧あさぎり 隼人はやとだ。こちらこそよろしく」

 お互いに自己紹介すると、玲那は俺の隣に座った。

「フライドポテトの屋台、私の親がやってるの。買ってくれてありがとね」

「たまたま目に入ったんだ。食うか?」

 言いながら、入れ物と一緒に差し出した。

「う~ん、美味しい♪」

 この後は無言で食べるが、しばらくして空になると、玲那は星空を見上げて言った。

「昨夜、不思議な夢を見たの」

不思議な夢・・・?

「薄い水色のワンピースを着た女の人が浮いてたの。私を見ると、優しく笑って消えたわ」

 薄い水色のワンピース…それってまさか…。

「目が覚めた時にどういうわけか、私の右手にお玉があったの」

 お玉…やっぱり、礼香か…。

「こうして会ったのも何かの縁って言うし、一緒に見て回らない?」

 玲那は言いながら立ち上がり、俺の手を引く。

「友達とか、彼氏はいいのか?」

「友達にはドタキャンされちゃったし、彼氏はいないから大丈夫だよ」

 なら、問題ないか。

「いいぜ。行こうか」

 言いながら俺も立ち上がり、二人で祭りを見て回った。


 その二人の姿を、拝殿から優しく見ている一人の女性がいた。

「…幸せにね」

 呟くように言うと、最初からいなかったかのように姿を消した。

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幽霊の探し人 正体不明の素人物書き @nonamenoveler

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