ゴエンとのご縁 のらくら文芸部企画もの

棚霧書生

ゴエンとのご縁

 十年もの間、行方をくらませていた幼なじみが俺のもとに前触れもなくひょっこりと顔を見せた。季節は夏も終わりかけで、テレビでは昼も過ぎた中途半端な時間帯に心霊特集番組の再放送がやっていた。俺はちょうど休みの日で、缶ビールを片手につまみのポテチをつまむというだらだらの模範解答のような時間を家で過ごしていた。そこに無粋にインターホンを鳴らし、玄関先に現れたのが件の幼なじみなのである。

「……幽霊?」

「ザンネン、死んでませ〜ん。タカちゃん、おひさぁ!」

 片手をひらりと上げるしぐさはどこか軽薄で、金に染められた派手な髪とスーツも相まって、胡散臭いことこのうえない。これが三十路近い俺と同い年であるはずの人間がする格好だろうか。

「ゴエン……今までどこに行ってたんだ?」

「そのあだ名、懐かしッ! そんなことより僕とドライブしない?」

「話、急じゃん」

 俺は仲の良かった幼なじみとして、もっとゴエンに行方不明だったやつに聞くような質問をするべきなのかもしれない。けれど、それをしたらゴエンは野良猫みたいにまたヒョイッとどこかに隠れてしまうのだろうなとも思った。

「俺、酒飲んでるから、運転は行きも帰りもゴエンの役になるけど。てか、ちゃんと今日中に家に帰してくれよ」

「えっ、それってドライブの誘いオッケーってこと?」

 自分から誘ったくせにゴエンのやつは、目を瞬かせて驚いている。いい年した大人なのにリアクションが素直な子どもみたいだった。


 ドライブに行こうと提案したわりにゴエンはノープランで、目的地も決めないまま車を出発させた。無作為に道を選び、車を走らせるゴエンと無言で助手席に座っている俺。

「タカちゃんが、本当についてくるとは思わなかったよ……。ごめん、正直に言うとなにも考えてなくてさ。ドライブもなんとなく……みたいな」

「別にいんじゃね? 俺も家でなんとなくテレビ観てただけだし、どっちも“なんとなく”なんだから変わんねえって」

「そっか……。ね、僕がいない間、地元ではなにか変わったことあった?」

「特に面白い変化はねえけど。一個、教えとくと、お前のあだ名の由来になった、五円玉ぶちまけ事件が起こったフードコートはなくなって、今はケータイショップになってる」

「えー、マジかぁ、ちょいショック……」

「あれやらかしたの中学んときだっけ?」

「そうだよ。文化祭のだしものでクラスで時代劇をやることに決まってさ。わざわざ夏休みにも学校行って劇の練習して、たしかその帰りだったね。腹が減った男子組でフードコートに行ったら……」

「誰が言い出したんだか、時代劇に出てくる小銭にヒモを通して運ぶやつ、輪ゴムと五円玉で再現できんじゃね、やってみようぜってな!」

「伸びてた髪を輪ゴムで結んでたのが運の尽きだったよ……」

 ゴエンが持っていた輪ゴムにその場にいた全員が五円玉を出しあい、百文差もどきを作ってアホみたいに盛り上がったところまではよかったのだが、そのすぐあと五円玉の重みに耐えきれなかった輪ゴムが切れてしまい、フードコートに五円玉が散らばることになった。これが五円玉ぶちまけ事件の全容である。そして可哀想にも、そのとき輪ゴムを手にしていたために事の主犯にされてしまったのがゴエンというわけなのだ。

「懐かしいなぁ。あんなくっだらねえことして笑ってたなんて、今じゃ考えらんねえよ」

「あの頃は楽しかったよね」

 赤信号で車がとまる。車窓から見る外の景色はあまり馴染みのない場所になっていた。いつの間にか遠くまで来たらしい。

「なあ、昔話してたらフードコート行きたくなったわ。ナビで一番近いとこ探して、そこで飯食おうぜ」

「いいね! 賛成、賛成!」


「タカちゃ〜ん、こっちこっち!」

 フードコートのど真ん中で目立つ金髪頭が腕をブンブンと振っている。あの身なりはこういうときに役立つのかと少し感心する。夕食時のフードコートは盛況で人、人、人で溢れていた。誰かの談笑する声に赤ん坊の泣き声、呼び出しブザーの音はあっちからもこっちからも聞こえてくる。

 しかし、こんなに人間がたくさんいるのにこの中で俺が知っている相手はゴエンしかいない。そんな当たり前のことが不思議に思えた。俺は人の流れを読みながら、糸をたどるようにゴエンのいるテーブルまで向かう。

「結構混んでたのか。悪いな、席取りをさせるような形になっちまって」

「ううん、全然! 僕が来たときはまだ空いてたから。それより、欲しいものは買えた?」

 俺は調達したいものがあった。だから、ゴエンには先にフードコートに行ってもらっていた。

「バッチリだ。ゴエン、手ぇ出しな」

「うん?」

 それはゴエンと俺のために用意したかったもの。

「なんで、五円玉……?」

 怪訝そうな顔をしたゴエンに買ったばかりの赤い紐を結びつけた一枚の五円玉を握らせる。

「ご縁がありますように。……ってな! まあ、深い意味はねえよ、なんつーの、ノリ的な……」

 十年間、ゴエンは生きてるのか死んでるのかもわからなかった。切れたと思った縁はまだつながっていたのだから、またゴエンと会えることを願ったっていいだろう。


 終わり

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ゴエンとのご縁 のらくら文芸部企画もの 棚霧書生 @katagiri_8

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