リゾートの夢
かべうち右近
リゾートの夢
女は夢を見た。
そこはリゾート地だった。真っ青な海に面した斜面には道沿いに白い建物が並んでいる。光を浴びて反射した眩しい街並みは、空と海とのコントラストが綺麗だった。
そんな場所に行ったことは、ない。
ワンピースを着た女は、道を歩いて、やがてひとつの建物の中に入った。
そこは土産物屋らしい、何やら見慣れない品々が並び、カウンターには太った店主がやる気なさそうに一人の客の相手をしていた。
女が入ってきたことに気づいた客の男は、振り返って顔を緩めた。
「ああ、来てしまったのか」
「いけなかった?」
「そうだな」
男はちらりと店主を盗み見て、そうして「出よう」と、短く言って大股で歩き始めた。わけがわからない女は、「え、え?」と言っていたが、男の手に引っ張られて店の出口に向かう。
不意に、店主の姿が目に入った。
「もう遅いよ」
ニタリ、と笑った店主の口の端が、にゅうっと目尻まで伸びる。次の瞬間にはかろうじて見えていた店主の首が見えなくなった。むくむくと肉を増し、二重顎が3重になり、体は膨れ上がってだるまのようだ。
体がそう変化する間、女は店主から目が離せない。早く逃げようにも、先程鍵などなかったはずの出口が閉ざされている。
「クソっ」
悪態をついたのは男だ。
それを店主は楽しそうに笑う。
「呑み込んであげようねえ」
がぱり、と大きな口が開いた。その口からにゅううっと白いものが溢れ出した。
「やだ…!」
まるで膨張したマシュマロのように、もこもこと白いものが溢れるに従い、店主の体は溶けて消える。
どんっ、と扉に体当たりをした男が店の外に転がり出る。
「走れ!」
男の叫び声に答えることもできずに、女はかろうじて走り出した。店の出口から、窓から、白いものがもこもこと溢れ出してくる。
もはや建物の中は店主だったもので埋め尽くされ、それは今にも二人を飲み込まんと膨張して追いかけてきた。
あれに触れてはいけない。
本能的に思った女は走り、男について逃げる。
でも、どこへ?
走っているうちに、視界の端に他の建物が目に入る。
他の建物も、白い物がもこもこと溢れてきていて、もはや逃げ場所は海しかない。
「ああ……あの建物は、あの白いのでできていたのね」
ぽつりとつぶやいた女は、小舟の繋いである桟橋にたどりつく。かろうじて二人はその舟に乗り込み、もはや白いもので埋め尽くされた斜面の街を離れた。
だが、そこでやっと女は気づく。
眼の前の男は、知り合いでもなんでもない。
「どうして助けてくれたんですか」
「なに、下心があったのさ」
「下心」
オウム返しに問い返した女に対して、男はにたりと笑った。そうして体が膨張し、口から黄色のもこもこが溢れ出す。
最初から逃げ場などなかった。
そう理解した女は、やがて呑み込まれ、そのまま消えた。
リゾートの夢 かべうち右近 @kabeuchiukon
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