幕間3.迷探偵!? 名探偵!!

 今日の仕事は昼までに切り上げられそうだと、ウェインから誘われたセレシアは、日が昇るのと一緒に首を伸ばしながら昼を待ち、待ち合わせ場所へと向かっていた。



「ごっはっんっ! ごっはっんっ!」



 市井で噂になっているという開店したばかりのレストラン。改装工事をしている時から気になっていたけれど、まさかウェインと行けるとは思わなかった。

 家で合流してからではない、待ち合わせのどきどき感に浮足立ちながら広場の時計塔まで向かったところで、セレシアは足を緩めた。



「あれ……何かあったのかな?」



 人だかりができている。群衆が囲んでいるのは、警吏の兵と、鼻を膨らませて怒っている女性だ。



「だから、私は寒がりで、厚着をしているだけなんです!」

「ですから、上着を捲っていただくだけでいいんですよ!」



 困った顔をしながら兵士が説得にかかっているようだ。しかし兵士の要求に「人前で服をたくし上げろですって!?」と女性の反感はヒートアップしていく。



「ですから! 人目のないところに行きましょうと何度も!」

「きゃーっ! そんなところに連れ込んでどうするつもりなの!? 野蛮だわ!!」

「ですから! ……はあ」

「どうかなさったんですか?」

「これは、獅子王殿下の奥方様!」



 群衆を掻き分けて出て行ったセレシアに、兵士が敬礼を返す。

 女性の方は一瞬ぎょっと目を剥いたが、すぐに勝ち誇ったように鼻を鳴らした。



「ちょっと、この人何とかしてよ! 私に服を脱げって強制してくるの!」

「ええと……そうなんですか?」

「まさか! 私は現在、付近の飲食店での食い逃げ犯を追っているんです。店員の目撃した特徴に一致する方を発見したのですが……」

「それが、彼女?」



 そう訊ねると、兵士は首を縮こめて頷いた。



「去り際、件の店員は染料入りの防犯球を投げたそうなのです。ですので、この季節に不自然な厚着をしている下に、その痕跡があるのではないかと」

「ふんっ! そんな言いがかりをつけて、女が脱ぐところを見たいのでしょう!?」

「そんなことは……」

「では、私ならいかがでしょう? ちょっとだけ、向こうで確認させてくださいませんか?」

「はあ? あんたそれ、王族に連なる者が罪なき一般人を疑っていることになるって、自分で言ってて解ってる?」

「ええ……」



 八方塞がりの状況を覆すことができず、セレシアと兵士は並んでがっくりと肩を落とす。

 どうしたものか。ウェインが来るまで待とうか。そう思った時だった。



「話は聞かせてもらいましたよ~!」



 ふっふっふ、と不敵な笑い声を出しながら、前ボタンを外した上着のたもとで顔を隠しつつ、一人の男性がやって来た。



「……アヴォイドさん?」

「もーう! どうして先に名前を言っちゃうんですか! そこは『何者だ!?』と聞いてくれるところでしょう!? はい奥様、さあ!」

「ええ……じゃあ、はい。何者だ!?」

「ふっふっふ、僕はさすらいの名探偵、アヴォイド・ノートです! 真実はたぶん一つ!」

「め、名探偵……?」



 上着を外套のようにがばっと翻し、得意げな顔をして指を立てたアヴォイドが素顔を現す。



「はい、名探偵です。騒ぎを聞きつけて、僕なら解決できるかなあと思いまして」

「そうなんですか?」

「最近多いんですよねえ、女性の権利を逆手に取ってやりたい放題する不届き者が」



 アヴォイドは容疑者の女性に近づくと「ちょいと失礼」と服の袖をつまむ。

 次の瞬間、彼の反対の手には、複製された衣服が握られていた。それを捲り、たっぷりついた染料を確認すると、兵士に「クロですね」と伝える。



「なんで、どうして……し、知ってるわよ、アヴォイド・ノート! あんたの天恵は武器を複製する力なんでしょ!? 騙していたの!? ほら奥様! ここに詐欺師がいるわよ!?」

「心外ですねえ。『布衣術』って知ってますか? タオルや衣服を使って戦う、れっきとした戦闘術です。つまり、僕にとって服は武器なんで――こんな風にね」



 不意にアヴォイドが腕を一回ししたかと思うと、彼の着ていた服が女性の手首へ枷のように絡みついた。



「よっと」



 反対側の袖を抜いた彼は、そちらもぐるりと回して、さらに拘束を強めていく。

 何度も頭を下げていく兵士に手を振りながら見送るアヴォイドに、しばらくぽかんとしていたセレシアは、ようやく「すごい」と声を漏らした。



「アヴォイドさんの天恵って、そういう応用もできるんですね」

「あんまりバラしたくないですけどね。詐欺師みたいな裏技ですし」



 先ほど言われたことを気にしているのか、アヴォイドはむず痒そうに鼻を掻く。



「例えば、料理に使う包丁って便利な道具じゃないですか? でも刺せば武器になる。食器だってそうです。投げれば危険です。まあ一方で、固い果実みたいな食べ物そのものとか、僕自身が認めたくないものは複製できませんが」

「へえ、こじつけ……あっ。じゃあ、私って複製できます?」

「はい? そのう奥様、僕の話、聞いてました?」

「失礼な、聞いてましたとも! 実は私、『ウェイン様の剣になる』と心に決めたことがあるんです。なら、私は剣として複製できるんじゃないかなあ、と……?」



 しばらく目を瞬かせていたアヴォイドは、ようやくセレシアのやってのけた『こじつけ』の意味を咀嚼すると、腹を抱えて笑い出した。



「ひい、ひい……物は試しです。やるだけやってみましょうか?」



 笑いを堪えて震える手で、アヴォイドはセレシアの手に触れた。

 すると、彼の反対の手の方に人型の――いや人型らしき、奇妙な肉まんじゅうのようなナニカが現れた。衣服こそそのままだけれど、顔や髪などは溶けた雪だるまのようにちぐはぐだ。



「「本当に増えた!?」」



 驚くセレシアたちをよそに、肉まんじゅうはもそもそと蠢いている。



『こんにちは、私セレシア!』

「「喋った!?」」

『私はウェイン様の剣! 世界の平和を守るために戦っているの!』

「せ、世界の平和ぁ!?」

「素晴らしいですね、奥様。そんな風に思ってくださっているなんて」

「ちが……違わないけど、違うのっ!」



 そう、絶妙にズレている。でも思い返せば、昨夜読んだ冒険小説に似たようなセリフがあった気がする。



「(影響されちゃったのかあ……!)」



 頭を抱えてのたうち回るセレシアをよそに、アヴォイドは興味津々と言った表情で偽セレシアに訊ねる。



「セレシアさんの殿下へのお気持ちをどうぞ!」

「アヴォイドさんっ!?」

『ウェイン様好き、大好き! ちゅっちゅっ!』

「いやああああああっ!?」

「あはははははははっ!! 素直でいいじゃありませんか。直球で、僕は好きですよ?」

「私の言葉なら認めますけども!!」


 セレシアはたまらず、偽の自分の襟元を掴んでがっくんがっくんと揺らした。妙なことを口走ったのはその口か! ええい、その口か!?



「セレシア……何を?」

「ウェイン様!?」

「げえっ、殿下!?」



 背後からかけられた待ち人の声に、セレシアとアヴォイドはぎょっとして飛び上がった。



『ウェイン様、だあいすき! ぎゅってして!』

「違うんですウェイン様! 違わないんですけど、違うんです!」

「……ああ、大丈夫だ。解っている」



 セレシアとアヴォイド、そして喋り続ける偽セレシアを見比べたウェインは、何かを察した風に溜息を吐いた。



「この複製セレシアの言葉は、おそらくアヴォイドの認識が基になっているのだろうな。だからこんな安っぽい語彙になるんだ」

「ウェイン様……」



 ほっと胸を撫で下ろしたい気持ちと、別に完全に間違ってもいない思いを否定されたような気持ちで、セレシアは胸元できゅっと手を握る。



「や、やだなあ殿下。奥様の本心かもしれないじゃないですか」

「根拠? そんなもの決まっている」



 俯く手のひらに、ウェインの手が重なった。



「本物のセレシアの言葉なら、俺の心は揺れ動かされるはずだからな」

「あの、ウェイン様っ!?」



 手の甲に口付けをされて、ここが衆人環視の中であることを思い返したセレシアは、慌てて周囲を見渡した。



「三十六計逃げるに如かず!」



 名探偵の視線が逸れた隙に、迷探偵は脱兎のごとく走り去っていく。



『お幸せに!』



 アヴォイドの天恵の効果が切れるまでのわずかな間に、偽セレシアがそう呟いたことは、焦っているセレシアの耳には入らないのであった。

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黒の男装騎士と金色の獅子王~身代わり政略結婚をさせられた「お飾り王女」は、隣国で王太子の剣となる~ 雨愁軒経 @h_hihumi

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