第170話 新しい季節
春が来て、四月になった。
「なぁ、レンゲ……」
朝、珍しく早起きしてリビングへとやってきていたリウは、非常に深刻そうな表情で私のもとへとやってきた。
「なに、どうしたの?」
「実はな……我、帰ろうと思うんだ」
「帰る……帰るって、どこに?」
私の問いに、リウは天井を見上げると、
「竜の国へ、だよ」
「えっ!? 竜の国……!?」
「うん」
リウはしっとりとしたため息を吐く。
「竜の世界ではな、労働基準法っていう週二回しか働いちゃいけないって法律があるんだ」
「えぇっ!? き、聞いたことある! " ろーどきじゅんほー " ! 週二回までしか働けないのっ!?」
「そう。だからな、そちらに移り住んだ方が我、幸せになれるかもって思ったんだ」
リウはそう言うと、ペコリと頭を下げてくる。
「というわけで、レンゲ。今までお世話になりました。我は竜の国に帰ることにするよ。ここにいたら週四日バイト行かなきゃいけないし……」
「そっ、そんなぁ……! ヤダよ、寂しいよ!」
私はギュッとリウのことを抱きしめた。
ぎゅぅぅぅっと。
「くっ、苦しいっ……レンゲ、力強すぎ……!」
「行かないで、リウッ! 清掃のお仕事、週三日に減らしていいから私とナズナといっしょにここで暮らそうよぉっ!」
「ふ、二日にならないっ? そうすれば我もここで暮らすことについてやぶさかでは──」
リウがそう言いかけて、しかし。
「──こンの……大馬鹿フリーター駄目ゴンがぁっ!」
「んぎゃぁっ!?」
スパン! という乾いた音とともに、リウが悲鳴を上げて私から離れていった。
ナズナがどこに用意してあったのか、白いハリセンをリウのお尻をめがけて振り抜いていたのだ。
「お姉ちゃん、今のはそのクソ馬鹿フリーター駄目ゴンの嘘よ。まともに取り合わなくていいわ」
「えっ、えっ?」
「今日は四月一日。つまり、" 噓つきの日 " よ」
「あっ!」
そうだ、そういえばそうだった!
今日の四月一日は一年で唯一ウソつきが許される日なんだった!
ということは……なんだ、ウソだったのか。
「よかったぁ、リウが本当に竜の国? っていうところに帰っちゃうのかと思って焦ったよ……」
「まあそれならそれで部屋が広くなるから私はうれしいけど? 最近、服も増えてきたし。クローゼット用の部屋がほしかったのよね」
ナズナはまたそうやって本気じゃない悪態をつく。
最近のナズナは " ふぁっしょん " に目覚めたらしく、ちょこちょこオシャレな服を買ってくるようになった。二月から東京で一人暮らしを始めた乙羅さんたちと、都心に出て " しょっぴんぐ " などを楽しんでいるようだった。
一方のリウはあまり変わることもなく、
「ふはははー! 驚いたかっ、レンゲ? エイプリルフールだぞ! とはいえ、そろそろ我のバイトシフトについては見直してもいい時期だと思うのだが──」
「zzz……zzz……」
「おいコラ! 寝るな! 聞け!」
「ハッ」
なんだろう、突然眠気が。
朝だからかな……。
「で、なんだっけ?」
「リウがね、バイト週九日にできないかって。もっと働きたいんだって」
「やめろナズナ!!! それは死ぬ! いくらドラゴンでも過労で死ぬ!!! というかどうやるんだそれっ、次元曲がってるだろ!」
ナズナはニヤリとして、
「え、できるわよ? 一日にタイムカード二回押す方法、知りたいの?」
「知りたくないっ!!!」
そうやってナズナとリウの大変微笑ましい掛け合いが今日も始まった。
この新しくやってきた春にも、花丘家には平穏な空気が流れていた。
* * *
「うぅっ、まだ朝はちょっと寒いねっ!」
ナズナと二人、外へと出る。
今日は日曜日。二人でいろいろと買い物の予定を立てていた。
私の仕事はなく、ナズナも春休みで学校がお休みだ。
ちなみにリウは私へとウソを吐いたあとは渋々と着替えてバイトに出勤した。
「でもすぐ暖かくなるよ。だから一緒に着れる夏物も探したいの」
グイグイッとナズナが手を引っ張ってくる。
なんでもナズナは私とお揃いの服、というわけではなく姉妹兼用の服を買いたいのだそうだ。
「でも、私とはサイズがまだちょっと違うよ?」
「いいの。夏までに身長追いつかせるもの」
ナズナはヒョコッと背伸びをして私の横へと並ぶ。
そうするともう、私の身長とぜんぜん変わらない。
今年の一月くらいから成長期がきたようで、もう五センチ以上も身長が伸びているのだ。
「大きくなったねぇ、ナズナ」
「まあね。……あ、そういえば知ってた? 身長って子供のころに摂った栄養によっても決まるんだって」
「そうなの?」
「うん。だから、こうやって大きくなれてるのはお姉ちゃんのおかげでもあるわね」
ナズナはそう言って、私の腕に抱き着いてくる。
「子どもの頃は、他人からみればヒドい環境にいたのかもしれないけど……それでも、不思議と嫌な思い出って少ないし、それにお腹を空かせた記憶もなかったわ」
「そっか。それならよかったなぁ」
「お姉ちゃんがずーっと、私のお姉ちゃんをがんばってくれていたからね。ありがとう、お姉ちゃん」
ナズナが頭をすり寄せてくるので、撫でてあげるとうれしそうに目を細めていた。
こうやって甘えてくれるのは小学生くらいまでだろうな、なんて思っていた時期もあったけど、中学二年生に進級する今年度も、ナズナのこういうところは変わらないらしい。
「でも、もう私だけのお姉ちゃんじゃないっていうのはちょっと残念」
「えっ?」
「だって、もうお姉ちゃんは世界のRENGEなんだもの。次のアメリカでの世界大会本戦でも、みんながお姉ちゃんの活躍に胸をワクワクさせている……もう、独り占めができないっていうのは残念よ。でも、今はすごく誇らしい」
ナズナはそう言って離れると、私の目をのぞき込んで、
「お姉ちゃんはどう? 二年前から大きく変わった今のこの生活、満喫できてる?」
私はそれに、大きくうなずいた。
二年が経って、私を取り巻く環境は大きく変わった。
難しいことは相変わらずよくわからないし、世界の命運みたいなものもしょい込んでしまうこともあってちょっと忙しいこともあるけれど。
「すっごいうれしいよ、私」
いろんな人に出会えたという良いことがあった。
そして、自分の力を誰かの役に立てることができて、また人の夢や憧れとなることができたこともあった。
私は、それまでちっぽけな存在だと思っていたこの私が、この世界に良いことができたということが本当にうれしいのだ。
「だから本当にやってよかったな、RTA。確か……略して、" れんげたいむあたっく " 」
「単語違うし、しかも略してないし」
私とナズナは駅への道を歩く。
日差しに照らされる通りはもう、ポカポカと暖かな空気で私たちを包み込んでくれた。
~ 完 ~
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今回のお話で本作は完結となります。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!
また、読者のみなさまの応援のおかげでここまで書いてこられました。
ここまで楽しんでいただけていれば幸いです。
レンゲたちのほのぼの日常とキングたちとの戦いはまだまだ続きますが、たとえ障害が発生しようともきっとレンゲたちは日々を楽しみつつソレを乗り越えていくでしょう!
いつかまたそんなレンゲたちの物語を紡げる日がくればいいなと願いつつ、いったんここで筆を置かせていただきます。
改めまして本作をお読みいただきましてありがとうございました!
また浅見の別の作品でお会いできればうれしいです。
それではっ!
RTA知識皆無なダンジョン清掃員、実は規格外の力を持っていたらしく、生配信中のRTA会場の清掃時に世界最速記録を叩き出して大バズりしてしまう 浅見朝志 @super-yasai-jin
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