第169話 世界大会日本予選
~実況者:生帆の視点~
『はいはい! みなさんどうもおはようございます! ダンジョンRTA世界大会日本予選、東京ブロックの実況はお馴染みの私、
>おっ、始まったか!
>待ってた
>おはよう生帆
>待ってたぞ!
>RENGEはどこだ~?
──11月中旬。秋空の下の渋谷ダンジョン管理施設にて。
そのダンジョンRTA世界大会日本予選の開会式の様子が映し出されると、生配信へのアクセス数は途端に100万を超え、その後もどんどんと急上昇を続けていく。
その様子を眺めつつ、ベテラン実況者の生帆はしっかりと序盤を盛り立てるため、例のワードを口にした。
「いやー、それにしても、先日の " RENGE部門 " 、RENGE選手のHELLモードRTAの熱量はすごかったですね。みなさん、もうすでにご覧になりましたか?」
>アレはヤバかった!w
>過去一笑ったわwww
>まさかあんなことになるなんてなw
グングンと配信のコメント数が伸びていく。
……よしよし、予定通りの食いつきだ。
生帆はほくそ笑んだ。
それは2日前の世界大会の開催が宣言された初日のできごとだった。
注目度を上げたいという世界大会運営組織の狙いもあってか、初日からRENGEによるHELLモードダンジョンのRTAがおこなわれたのだが──
『ええっ!? いまの、清掃時間じゃなくて本番だったんですかぁっ!?』
RENGEは走破直後にそんな驚きの発言をしたのだ。
──なんとRENGE、RTA本番と掃除業務を勘違いして走ってしまっていた。
それにはもちろんワケがある。
もともと『リハーサル→本番』という予定で組まれていて、RENGE自身にもそう伝えていたはずなのだが、RENGEはそれを『本番→ダンジョン清掃』の順と勘違いしてしまっていた。
……どうして勘違いしてしまったのかについてはいろんなウワサが流れてはいるが、一番しっくりとくる説はRENGEが " リハーサル " という単語を理解できていなかったから、というものだ。
まあ、それでもタイムは18分21秒。十分に人間離れしている。
とはいえ、工夫と才能、そしてチームワークしだいでは一部の有力チームは辛うじて迫ることのできる好記録だとも言われており、むしろ選手たちのモチベーションを上げる役割を果たしているようだった。
>どおりでRENGEが途中途中で立ち止まるワケだよw
>指さし確認してたもんな
>鼻歌うたってたしw
>森のクマさん歌ってて草だったんだ
>可愛かったなwww
>ある日♪ ダンジョンの中♪
>RENGEに♪ 出会った♪
>↑なんでモンスター視点なんだよ
>それは草
>そりゃ捕食者がRENGEの方だからだろ。どう考えても
視聴者の反応もすこぶるよかった。
RENGE本人は少し残念がってはいるようだったが、しかしそうなればまた来年の記録更新への期待がかかってくる。つまり、すでにこの時点で今年だけの盛り上がりではないということが確定したわけだ。
……俺としてもありがたいね。まだまだRENGEのRTA実況を続けられるわけなんだから!
生帆はニヤリとしつつ、マイクを握る手に力を込めた。
『今大会で新設されたRENGE部門が大注目なのはもちろんのこととして、今日はさらに見逃せない日本予選の開会式! ご覧いただけますでしょうか、この会場には厳選に厳選をされたRTA走者たち総勢256名が集っています!』
>すげぇな、だいたいみんなどっかで見たことある顔だわ
>いつの間にかRENGE以外の選手の顔も覚えてるもんだな
>まあダンジョンRTAの配信者も増えたからなぁ
映し出される開会式と、そこに参列する選手たちの顔ぶれを見て、配信のコメント欄への書き込みは止まらない。
RENGE以外の選手を応援する声もちゃんとあった。
その事実だけで、ダンジョンRTA実況歴21年目、この界隈の浮き沈みの歴史を目撃してきた生帆の胸にはこみ上げてくるものがあるのだが、それをグッとこらえる。
『……さあっ、そんな256名の中でも注目の選手たちを紹介していきたいと思います……がっ、ここでゲストの実況者に登場していただきましょうっ!』
生帆が言うと、直後に『『ドウモ~!』』と、二人分の声が重なって聞こえた。
『ニーハオだよ、ゲスト実況者のFeiFeiアルよ~!』
『同じくゲスト実況者のShanShanです~! 今日はよろしくお願いしま~す!』
生帆の隣に座るのは双子の女の子。
昨年の日本代表に選ばれたRTA走者、FeiShan姉妹だった。
一瞬にして、さらにコメント欄が加熱する。
>えっ、マジでっ!?
>なんで実況席にいるん???
>受験勉強してるんじゃないのっ?
『受験勉強してるヨ~! 毎日大変ヨ~!』
『でも今日は息抜きをかねて、ね? 帰ったらちゃんと続きをするんだからね、フェイフェイ?』
『わ、分かってるヨ~……』
ため息混じりのFeiFeiの返事へと、コメント欄からは温かい声がかかる。
生帆はそれを微笑ましく思いつつも、ShanShanの方へと無言で進行の合図を送る。
『……はいっ! それでは選手の紹介に移っていきましょうっ! ではまず……』
『AKIHOだ! オネーチャン見てっ、あの先頭にいるのAKIHOじゃないカ!?』
『……はい、ではAKIHO選手からですねっ!』
ShanShanは妹に振り回されつつも、しっかりと原稿を探し当てる。
『AKIHO選手はRTA歴がもう六年! 頭角を現したのは去年からで、私たちと一緒に日本代表に選ばれたのもその時が初めてだったんだってっ!』
『AKIHOはすっごいからネ! この前1か月ぶりくらいにあったとき、もっと強くなってるのがわかったモン。きっと今年も日本代表に選ばれると思うヨ!』
『その次は中学生選手のご紹介……一番の注目株はこの "
『うんうん、すごいよネー』
『続いて同じく中学生の " Ora-Chan " 選手、フィジカルに定評のある選手です!』
『キター! オラちゃん! 私知ってるヨ、この子例の " 神の使 ── " 』
『はい、ダメだよー、フェイフェイ。関係ないことしゃべっちゃダメー』
おそらく知り合いか何かだったのだろう、と生帆は思った。
同じ中学生なのだ、きっとそういうこともある。
『この二人はなんとあの日本ダンジョン高等専門学校にも合格しているんだって! 来年から高専生だね、おめでとうっ!』
『うわーっ、おめでとうだネ!』
『" Ora-Chan " 選手に関してはこの日本予選後に、同じく高専合格者の " Joho " 選手と " Tsurugi " 選手といっしょにRENGE部門にも挑戦するようです。いいですねー、私たちと同じ世代のダンジョンRTA走者が続々です!』
『みんないいなぁ、もう受験勉強しなくていいんだネ、うらやましいアルよ……』
『さて、他にもたくさん注目選手はいます──が、おおっと、』
『あららー、配信カメラがとらえちゃったアルねぇ、この居眠りサン!』
配信カメラが抜いていたのは、もちろん世界で一番注目されている、あの選手。
その選手はとてもきれいな背筋で立ったまま眠りに落ちていた。
「……zzz……うなぎのかば焼き……竜太郎……」
『RENGE、起きるアルよ~!』
『RENGEちゃん起きてぇ~!』
もちろん、その居眠り選手の名前はRENGE。
実況席からFeiShan姉妹の声が届くはずもなく、RENGEの居眠り姿は全ての国に生配信中だ。
>安定の居眠りw
>予想通りで草
>むしろこれがデフォ
>RENGEが寝てると落ち着くわ
>実家のような安心感
>いや、寝るなよw
コメント欄も充分ににぎわっている。
やはりRENGE。人を引きつける力があるのか、彼女が映れば視聴者数もグングン上がる。
もうすでに同接数は1000万人を優に超えている。
……今回の日本予選も、最高に盛り上がりそうだなっ!
生帆は原稿を整えると、今日も今日とて自分の役割を果たすべく、マイクに向けて口を開くのだった。
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