第168話 施設とレンゲのこれから
ダンジョン高等専門学校の受験のお手伝いに、ブラジルのダンジョン攻略と、夏は慌しく過ぎていってあっという間に九月の下旬。
「なんだか、ダンジョン清掃がずいぶんと久しぶりな気がします……」
「でもなんだかんだで、レンゲちゃんは最低でも週一回はきてくれていたけどね」
朝の10時。
秋津ダンジョン管理施設の事務室にて、温かい麦茶で施設長といっしょに一服をつく。
……あ、清掃作業はもう終わっているよ?
なんと新記録を樹立。へるモードのお掃除の記録が15分を切ったのだ!
「手際よくお掃除を済ませられると、なんだか心が晴れやかな気分になります」
「そうかいそうかい。まあもはや、手際が良いとかいう次元ではないと思うけどね。一階層のお掃除に10秒も使ってない計算だし……」
施設長は麦茶を飲みつつ、しかし完全には休憩していないようで手元のぱそこんをのぞき込みながら、いろいろと作業をしている。
最近は特に忙しくしているようだ。
「それは何のお仕事なんですか?」
「ん、これかい? これはね、例のRENGE部門の会場認定を受けるための書類の作成をしているんだよ」
「あっ……アレですか!」
世界大会の運営組織から話は聞いている。
今回は日本予選に加えて、全国のダンジョン管理施設において、私が走った時間を越せるか越せないかの部門も開催したいから許可をもらえないか、と。
よくわからなかったので『いいですよ』と返事をしたはずだ。
「会場認定を受けるためには、HELLモードの設備がしっかりと整っていないといけないからね、それを証明するのにいろいろな点検証明書や、専門機関による調査報告書が必要なんだ。いろいろ準備するので最近はちょっと忙しいね」
「そうなんですね……前回の世界大会ではこの会場は使いませんでしたよね? どうして今年から?」
「それは……僕たちもがんばらないと、って思ってしまったからかな」
施設長は、どこか照れるように微笑んだ。
「レンゲちゃんは自分の言葉通り、この世界に再びダンジョンブームを巻き起こしてくれたんだ。この施設も僕も、その恩恵にあずかっているばかりではいられない。しっかりと自分たちで行動して、ダンジョン界隈を盛り立てていかないといけないと思ったんだよ」
「施設長……」
「レンゲちゃんのおかげだよ。まさか僕も、この歳になってまた、こんなにも熱くなれるなんて思ってもみなかったからね」
「いえ、私こそです。施設長がRTAのことを教えてくれなかったら、私、きっと今のような人生を歩めていなかったと思います」
「そうかなぁ」
「そうですよっ」
結局は、お互い様だということかもしれない。
私たちは互いに肩をすくめ合った。
「ところでレンゲちゃん、レンゲちゃんは今年も日本予選に参加するんだって?」
「あっ、ご存じでしたか」
「僕もRENGEチャンネルは登録しているからね。登録者数1億9千万人突破、おめでとう」
「あ、ありがとうございますっ」
世界大会を終えてからというものの、私のちゃんねる登録者数というのは増加の一途をたどっていて、7月には1億を越え、そしてもうすでに2億へと差し迫っているのだ。
どうやら知らぬ間にナズナが私の配信動画に英語字幕を付けているというのも関係しているらしいのだが、その動画を私は見たことはない。
見たら寝てしまうので。
「今年も世界一を狙いにいくのかい? 応援しているよ」
「あ、はい! ありがとうございます。やるからには1位をと思っています。ですけど、」
本当は、参加するつもりはなかったのだ。
さすがに1年もダンジョンRTAに関わっていれば自分の記録の異常さは少しは分かる。だから、私が出てもきっと盛り上がりには欠けてしまうと思っていた。
でも、
「私が走るということそれ自体を喜んでくれる視聴者や選手、それに……私に憧れてくれている次世代の子たちがいると分かったので。もう少しやってみようかなって思うんです」
「そうかい。うん、きっとみんな喜んでくれるだろうね」
施設長はどこか満足げに微笑むと、またぱそこん作業に戻る。
私も何かお仕事はないかな、とキョロキョロ辺りを見渡してみる。
……あ、また空き缶が溜まってるみたい。資源回収の曜日ってリウのバイトの日なんだよね……あの子、いっつも出し忘れるからなぁ。
「えいっ」
グシャリ。
私は、以前にも同じことをした空き缶クズとまとめるように、新しく出た空き缶を魔力で超圧縮する。それはまるでパチンコ玉のように小さくなった。
「あら、レンゲちゃん、お仕事は?」
事務室のドアを開けて入ってきたのは事務の野原さんだった。
朝から社用で外の用事があったはずだが、すぐに済ませてきたらしい。
「えっと、今はやることがなくって」
「えぇっ? まーたお掃除タイムを縮めちゃったの? でもだからといってパチンコ玉で遊んでちゃダメ。これは没収よ」
「あっ」
野原さんは私の手のひらにある空き缶クズを固めた玉を取り上げてしまう。
直後、
「──重っ!?!?!?」
ズシン。
その玉は落ちて、事務室の床のタイルへとめり込んだ。
「なにこれっ!?!?!?」
「あ、空き缶だったモノです……」
「どこがっ!? 意味ワカンナイ!」
とりあえず穴の空いてしまったタイルには応急処置でガムテープを貼ることに。そして危ないので空き缶は圧縮してはダメ、という新ルールが事務室に生まれることになった。
──本日も、秋津ダンジョン管理施設は平穏だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます