タイプライター

 警視庁の二階に位置する鑑識課、そこの女王である江戸本蘆花を訪ねた慧と比良塚警部であったが、鑑識課にいたのは彼女の部下である黒須だけであった。

「あ、裏切者の黒須さん」

 流れるように裏切者であることを指摘した慧にバツの悪そうな表情で黒須は頬を掻き、

「勘弁してくださいよ鬼崎さん。あの状況じゃ見捨てる他なかったんですって」

「遠慮せず一緒に居心地の悪い空間楽しんでくれればよかったのに」

「僕じゃ場違いすぎてダメでしたって」

 と、慧とじゃれあいつつ、金属製のトレーにのせられた三通の封筒入りの脅迫状を慧に差し出す。慧はありがとうと言って、白い手袋を瞬時に装着して一番上のものを開く。そこに記されていたのは【92・85・13――――】の数字であった。解読するとリヨウゴクノクスリヤガモエルと書かれているので二通目の脅迫状である。それを深く読み込む慧は一つのことに気づいた。


「これ、印字されてるのはタイプライターで打たれた数字ですね」

「ええ、鑑識もそれは理解していますが、手書きでない以上そこから犯人を追うことは……」

「できるんですよね、これが」

「本当かい鬼崎君!」

 とんでもないことを聞いたと言わんばかりに目を見開いた警部に、慧はコクリと頷き。

「タイプライターに違いは出ないと思いがちですが、どうしてもタイプライターは構造的に打鍵する必要があるので、その個体特有の個性が出てきます。例えば、ほらここ、九の数字をご覧ください、左上の部分だけ少し薄いです。帝都内のタイプライターを探して打鍵して貰えば犯人が分かるかもしれません」

「……いや、鬼崎君。それはちょっと……」

 なにか言いたげな警部に慧はわかってますよと言わんばかりの微笑みを見せて、

「もちろん、これは全然現実的な話じゃありませんが、一つ捜索範囲が狭まりました。犯人はタイプライターを触れるような階級の人間、かつ、この文字を打鍵できる機種を特定できれば」

「犯人に近づけるってことか!」

「見たところ、この文字型を使っているのはベリッティのタイプライターですね。ヨーロッパのタイリア製品ですので所持している人の特定は難しくないかと」

 そこまで話した慧は、二人から向けられる視線がおかしいことに気づく。

「どうしました?」

「……いやぁ、鬼崎さんはなんでも知ってるんですね」

「まったく大した知恵もんじゃ鬼崎君は!」

 うんうんと腕を組んで慧を褒める黒須と、大声をあげながら慧の肩をバシバシと叩いて嘆賞する警部に居心地の悪さを感じた慧はゴホンと咳払いをして、

「とにかく、私が協力できるのはここまでです。出しゃばりすぎるのも捜査の邪魔になるでしょう、私はそろそろ家に帰らせていただきますよ、三日も家を空けたままなので心配ですし」

 そういって、犯行予告の脅迫状をトレーの上に戻す。比良塚警部は、ああと呟いて、

「そういや鬼崎君は三日間牢屋の中におったんじゃったの。すまんすまん、手すきの警官に家まで送らせるわい」

「それはありがたいです、一人ではとても持ち運べないので」

「持ち運ぶ?」

 慧の意味不明な言葉に小首をかしげる。黒須は慧の話していることの意味が分かっているのか、口元を抑えて笑いをこらえながら、

「鬼崎さん、牢屋で警視庁中の人間を相手にしてて差し入れを比喩抜きで山のように貰ってるんですよ」

 と、いって牢の中を思い出したのかゲラゲラとこらえきれずに笑い出した。黒須の言う通り、慧の住み込んでいた牢屋には日持ちのする乾物やお菓子などが山のように差し入れされており、正直なところ慧が家で普通に生活するより豪勢な食生活になっていたのである。


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帝都万事屋記録 れれれの @rerereno0706

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