物品保管倉庫へ

 警視庁の建物外すぐ傍にあるレンガ造りの倉庫、そこに慧たちが目的とする押収した爆発物が眠っていた。警備の制服警官に比良塚警部が片手をあげて挨拶をし、顔パスで中に入ると、倉庫の中には無数の危険物たちが収容されており、明史から太正に移った際に起きた治安悪化の片鱗が慧の目にもそれらを眺めることで見て取れた。

 倉庫の中で比較的手前に置いてあった例の爆発物を比良塚警部が手袋を装着して外に持ち出す。慧も警部を追って外へ向かい、警部がなんの躊躇もなく小さな金属缶の蓋を開ける様を見て苦言を呈す。


「警部、爆発物を軽い気持ちで取り扱わないでください」

「おお、すまんね。だが鬼崎君の見立てじゃ触ったぐらいじゃ爆発しないんだろう? だったら大丈夫だよ」

「別に私の見立てが完璧というわけではないのですから……もう、結構です。拝見しますよ」


 呆れた顔で慧が警部から缶を預かると、慧は缶から放たれる刺激臭に眉を顰める。缶に満たされた液体から放たれる刺激臭のおかげで慧は一瞬にして正体を看破した。

「灯油ですね」

「あぁ、匂いからして間違いない。犯人は灯油に火をつけて――――」

 ご高説を垂れようとする警部を慧は無視をして、缶の中に入っていた正方形の金属を制服警官が用意してくれた鉄ばさみで取り出し、

「妙ですねぇ、やはりナトリウムです。灯油につけている状態だと意味がないのですが」

 そういって缶の中へと再び戻す。警部は言葉を呑み込んで、慧へと疑問を問う。

「なにかおかしな点でもあるんかい?」

「ナトリウムは禁水性、つまり水に触れることで反応を起こして爆発します。灯油の中に置いたままでは反応を起こさないので爆発させるには不適切です」

「そりゃあ、家人に見られたから慌てて撲殺してしもうたんじゃないか? わざわざ追いかけているしな」

「でしたら何故殺した後に火をつけなかったんでしょうか。私が犯人ならば灯油をかけて火事にして証拠隠滅しますし、仮に灯油を燃やす道具がないならナトリウムに水をかけて家の中に放置して逃げますよ。犯行現場は立派な邸宅だったんでしょう、水道は通っているはずです」

「うーん、犯人がナトリウムの危険性を知らなかったとかでどうじゃい?」

「……無理がありませんか警部」

「うむ、自分もそう思う」

 慧と警部は男二人、顔を見合わせて苦笑いをする。どう考えても前の二件とは毛色が違う犯行に慧は鉄ばさみを地面に置いて、顎に手をやり思考する。慧が考えるときに癖でやるポーズである。


「最初の小学校での爆発物を考えると爆薬の知識がないとは思えない……つまり、今回はわざと燃やしたくなかった、というのは考えすぎでしょうか」

「燃やしたくなかった? 犯人は火つけを楽しんでいるんじゃないって言いたいのかい」

「可能性の一端ですが、十分にありえる話しかと。刑事さんたちが聞き込みしてくれているようなのでそこから攻めることができるかもしれませんね」

 慧はナトリウムの入った缶を丁寧に閉め、比良塚警部に手渡して、

「だとすれば、私たちにできるのは犯行予告が書かれた紙の鑑定ぐらいでしょうか」

「鑑定? 鑑識が指紋を調べたが、指紋は付着していなかったそうだが……」

「指紋だけが犯人の足跡じゃありませんよ警部。証拠の紙は今どこへ?」

 警部は物品保管倉庫へナトリウム入りの缶をしまいながら、慧の言葉を背中に受けて思考する。数秒ほど停止した警部が動き出し、大きな声で慧に向けて場所を答える。


「確か、鑑識じゃい。蘆花のお嬢が拡大鏡でなにやら調べていたはず」

「そうですか、では鑑識へ行きましょう。お金ももらってないですしね」


 

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