最終話:或る赤い木の実
***
最奥の森、マクスウェルとエリルの魔力を供給する大きな樹には、他の種族よりも多くの妖精が訪れるようになった。
あれだけ迫害したのに二つの種族の魔力を供給してくれるソルニャの樹に、なにか思うところがあるのか、ちらほらと訪れて謝罪を漏らしたり、何か語りかけて去っていく妖精たちが、時間とともに増えているようだ。
なので今ではセリは、あまり妖精たちがいない早朝に、ここを訪れることが日課になっている。
今日も誰もいないのを確認して、セリは森の奥にある一本の大木に近づいた。
樹の幹に生えている細かい毛がピンク色をしていて、それを見るだけで、まだセリは泣いてしまう。
かつて初代妖精王はセリにこう尋ねた。
――悲しみを知らない奴らが他者に『本当に』優しくすることが可能だと思うか?
――悲しみを知らない奴らが他者を『本当に』愛することが可能だと思うか?
可能だ、と今なら思う。
悲しみを知らなくても……嫉妬や怒りに自分が蝕まれて狂いそうに苦しくても、この友はいつでもセリに優しさと愛を伝えてくれた。たとえ相反する心を同時に抱いていたとしても。
愛や優しさは相殺されることなく、ちゃんとそこに存在していた。
セリは樹を抱きしめながら思う存分泣いた。
そして、やがて泣き止んだら、根元に腰をかけて、他愛もない話をはじめた。
デキアの無神経な発言で、お城の料理人もとい、虫調達人が出て行ってしまった事件とか。ソルニャが残してくれたお茶のレシピで、どんな虫料理が合ったとか。
――あぁでもやっぱり寂しい。全部一緒に経験したかったことだから。
また流れてきた涙。そしてこらえきれずに、セリは小さくつぶやく。
「ソルニャ。大好き。愛してる」
もしアルトが聞いていれば胸の嫉妬ゲージがまた上昇するかもしれないけれど。セリは胸の片隅でそんなことを思いながら、友に愛をささやいた。
すると、セリの呟きに反応するように、頭上から何かが落ちてきた。赤い実だ。子供のこぶし大くらいで、見た目はプラムに近い。
妖精界で木の実を見るのは初めてだ。
セリはためらわず、それを手にとって一口かじる。
そして思い出したのは、以前ソルニャに説明していたセリの大好物について。
「確かに赤くて、さっぱりしていて甘いけど……」
――林檎とはちょっと違うよ。
と、セリは嗚咽をこらえながら呟いた。
「愛してくれてありがとう」
樹になっても愛と優しさを伝えてくれるソルニャに、セリは涙ながらに伝えた。
そよそよと風にそよぐ葉が、まるで笑うように音を立てた。
ガラス妖精王の花嫁 マエ乃エマ @emaskii
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