第23話:二度目のプロポーズ

***


「大事」


 ある朝、アルトがとても真剣な表情で、大事な話があると告げてきた。その顔つきは、以前プロポーズしたときの切腹覚悟フェイスにも似ていて、セリは思わず緊張してしまう。


 ソルニャが生命の樹になって三日が経った。ソルニャはマクスウェルの生命の樹になるはずだったが……儀式が終わった後ブラインから、マクスウェルだけでなくエリルの魔力もソルニャの樹から感じられるという報告があった。


 マクスウェルとエリルは喜んだ。


 だがこれがソルニャが言った、セリの悩みを減らすためにがんばるという意味だったことを知って、セリは泣いた。


 あれだけ混血だとソルニャを虐げたくせに。混血であるからこそ、そしてソルニャの意思であるからこそ、二種族の生命の樹となりえたのに、誰もソルニャを悼む者がいない。いや実際にはいたのかもしれないが。


 なぜなら少しだけ湖の水の量が増えたとデキアが伝えてきたから。しかし、セリの心は慰められなかった。


 セリはこの三日間ずっと、生命の樹となったソルニャのいる最奥の森と城だけを往復する毎日を過ごしている。毎日が後悔と悲しみしかなく、心に余裕が持てないでいた。


 ソルニャの望みをかなえることは、本当に正しかったのだろうか。


 完全な幸せとはいえなくても、妖精であるままで、ソルニャを幸せにすることはできなかったのだろうか。


 いつもそのことばかりをセリは考えていた。


 だから大事な話があるといって、アルトの切羽詰まったような表情を見た時、セリはこの数日間、ずっとアルトときちんと向きあうことすらしてこなかったことに気づいた。


「どうしたの?」


 大事な話とは何だろう。


 セリが尋ねると、アルトはそわそわしながら「二度」と言う。


「帰還」


 そしてセリを指さしながらアルトが言った言葉に、セリは目を見開いた。セリ一人で人間界に帰れと言っているのだろうか。


 いやだが、もう少し待ってみよう。セリはアルトのプロポーズの時を思い出し、続きを待つ。


「結婚」


 そう言って、アルトはセリの足元にひざまずき、見たことのないピンク色のマスコットをセリに捧げるように差し出した。マスコットは両手を組んでいて、その上には銀色の指輪がのせられている。


「私が帰りたいかもしれないから、もう一度プロポーズしてくれるってこと?」


 アルトはこくりとうなずく。


 セリはすぐさまマスコットと指輪を受け取ると、アルトと目線をあわせるようにしゃがみこんだ。


「帰るわけない。私がいるところはアルトのいるところだよ」


 言うと、アルトがほっとした表情で微笑んだので、セリはどれだけ彼を不安にさせたのかと申し訳なく思う。


 アルトはセリの手をとると、左手の薬指にそっと指輪をはめた。


「ありがとう。それと……ごめんね」


 セリはこれからもアルトと生き続けていくつもりだ。そのつもりなのに、自分の悲しみに夢中で、周りを見ることすら忘れてしまっていた。


「この人形……すごくかわいいね。ピンクのホワホワで」


 ソルニャみたいだ、とセリは思う。


「じゃぁ仔キリンりんりんの隣に置こうかな」


 セリはそう言って、アルトが大事にしまっているセリがあげた仔キリンりんりんの人形を見やる。そしてもらった人形に目を落とした。アルトがプロポーズにくれた、一生思い出に残るピンク色のソルニャみたいにかわいい人形。それに比べて……。


「仔キリンりんりん、だいぶ汚れちゃってるね。本当にごめん。どうしてあんな物あげちゃったんだろう。もっといい物を何かあげるね。私が本当に大切にしている物」


 それは何だろう。とっさには思いつかないなぁと考えているセリは、アルトがそばで凍り付いていることに気が付かない。


 やがてアルトは「不要」と小さな声で告げてきた。


 そして仔キリンりんりんの人形をとりだし、大事そうに抱きしめるのを見たセリは、自分が言ったことに気づいた。


「どうして……」


 あんなに好きで大切で、みんなに愛されるように広めたかったのに。何故どうでもいいなんて言ったのだろう。そしてどうして本当に心からどうでもいいと思っているのだろう。


 子供の頃辛いとき、あの人形を抱きしめて眠る夜にどれほど慰められたのか。記憶としては残っているのに、なつかしさや愛情がまったく感じられない。


「……なくしてもいい愛なんて、どこにもなかったんだね」


 すると、一気に涙があふれてきた。


 愛していないという事実が、こんなに虚しくて悲しいなんて。喪っていい愛なわけがなかった。


 ただの変哲もないくたびれたぬいぐるみ。そしてたった数年しか大衆に愛されなかったキャラクター。ただそれだけの事実しか感じられない自分。そしてセリの分まで人形を大事にしようとするアルトに、セリは確かに自分は大きな、大切な愛を喪ったのだと感じた。


「大丈夫」


 アルトはそう言うと、セリのもとに戻ってきて、ピンク色の人形を持つセリの手を両手で包んだ。


「育成」


「……うん」


 ――また愛は育てればいい。


 そう言うアルトの優しい慰めに、セリはうなずく。


「育成」


 アルトは今度は自分を指さして、恥ずかしそうに言う。


 僕への愛もさらに育ててほしいと、かわいいことを言う旦那様に、セリは我慢できずにキスをした。

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