魔女の一撃

黒木露火

魔女の一撃

 私の高校には魔女がいる。

 優等生のように長い黒髪を首元で一つに束ねて、校則通りのださいスカート丈。

 いつもぼっちで、誰にも話しかけず、話しかけられず。

 ぶつぶつと呪文のようなひとりごとや、低いひとり笑いは気味が悪い。

 凍った壁のような無視も、悪意に満ちたくすくす笑いも、魔女にはまったく効かなかった。理解するだけのアタマがないのだと、バカにするだけした後は、静かな仲間はずれが始まった。

 そんな魔女に、私が話しかけるはめになろうとは。


「ねえ。あんた、オカルトに詳しいってほんと?」

 部活帰りに忘れ物をとりに寄った教室で、私は声をかけてみた。

 ホームルーム前からそのままの姿勢で寝ていた魔女は、机に臥せていた頭をむくりとあげると私を見上げる。

「なにかお困りかしら、マキムラアオイさん」

 芝居がかった低い声が私の名を呼んだ。

 まず、話したこともない私の名前を魔女が知っていたことに、次に、私の目的を見抜いたことに驚いた。

「うん、まあ、困ってるのは私じゃないんだけど……」

 私は持っていた通学用のリュックを床に下ろした。

「じゃあ、お友だちね。体調を崩して休んでるのかしら」

「え、なんでわかるの?」

 私はますますびっくりして、魔女の前の席に座り込んだ。

「この私に、オカルトが詳しいか聞いてくるなんて、そっち系でよほどの困りごとがあるからでしょうし、あなたが当事者じゃないならお友だちでしょう。でも、あなたはひとり。お友だちは一緒じゃない。彼女は来られなかった。なら、病みついたってことだろうと思ったのよ」

 授業で当てられたとき以外で、初めて魔女がまともにしゃべった!(しかも長文)

「で、対価は何?」

「たいか?」

「魔女に頼みごとをするのなら、対価が必要でしょう」

「対価って……生き血とか、タマシイとか、そういうの?」

 震える声で私がそう言うと、目の前のくちびるの両端がつりあがった。

「あなた面白い人ね。対価は対価よ。願いに吊り合った価値をもつものよ。わたしたちは必要以上の報酬を求めないわ」

「そーゆーのが一番困るんですけど! 値段表とかないんですか」

「あるわよ値段表」

 スマホの画面を見せられた。

「何、これ?」

 ホームページのような感じで、占い、施術、魔よけなどのグッズ販売と、項目と料金が並んでいる。占いは、町で見たことのある占いの値段より高かった。

 確かにスミカは、部活の相棒で大事な友だちだし、いい子だけど。

 おこづかい2か月分、かあ……。

「話を聞くだけなら、無料よ」

 うーんとうなる私に、魔女がささやいた。


「3組にイトウスミカって子がいるのよ。テニス部で」

「それがお友だちなのね」

 私はうなずいた。

 部内選抜試合で勝てば、私たちがダブルスで地区大会に出る予定だった。

「必勝祈願のブレスレット、買おうよ。おそろのやつ」

 言い出したのはスミカだ。

 スミカは二つ年上のお姉さんの影響で、パワーストーンとか占いとか、そういうのが好きだった。

 駅の裏通りにある、黄色っぽいレンガみたいな壁の細長いビル。スミカのお姉さんが教えてくれたというのが、三階にあるXXXという店だった。

 店に入る前から甘いお香の匂いがして、私はちょっと酸素が足りない感じがした。

 入り口にはフォークロア調というのか、個性的な感じのバッグや服がハンガーにかかっていた。壁はきれいな色の石で作ったネックレスやピアス、ブレスレットが飾られていた。

 あまり広くないお店の真ん中にはテーブルがあって、野球のボールくらいの水晶を中心に、小さなガラスの器が並べられている。器の中には、大きめのビーズからウズラの卵くらいまで、サイズも色もいろいろな石が入っている。

 私たちが店に入ると、「いらっしゃいませ」と若い女の人が出てきた。売っているのと似た感じのチュニックを着ていて、私たちをみるなり、「あら」と少し困ったような顔をした。

「エレベーター、四階で止まったでしょ」

 言われて、私とスミカは顔を見合わせた。

 さっき三階を押したはずのエレベーターが止まったので降りようとすると薄暗かった。エレベーターの真ん前にある事務所風のドアの周りはすりガラスで、奥はあきらかに灯りはついていなかった。

 エレベーターを見ると「4」のところが光っている。

「お店、三階だったよね。ここ、四階だよ」

 ドアを開けようと手を伸ばしたスミカの腕を、私は引っ張った。

「あれー? ほんとだー」

「間違って、4を押しちゃったかな」

 言いながら、改めて「3」を押して降りて来たのだった。

「ごめんなさい。ちょっと背中を触ってもいいかしら」

 顔を見合わせた私たちでうなづくと、まずスミカが、次に私が背中をパンパンッと勢いよくはたかれた。

「びっくりしたかしら」

「びっくりしましたー」

「痛くはなかったですけど」

口々に答える私たちに、女性はにこにこしながら言った。

「悪いものがついてたから、ちょっと祓ったの。私は摩利亜。困ったことがあったら相談に乗るわよ」

 摩利亜さんのアドバイスで、私たちはおそろいのブレスレットを買い、選抜試合にも勝った。

 だけど、スミカはだんだん疲れて見えることが多くなった。

「私、憑かれやすい体質なんだってー」

 少しやせたスミカは力なく笑う。その腕には私とおそろいのと他に、悪霊除けのブレスレットもはめられていた。

 お店に行って、摩利亜さんに祓ってもらって数日はよいものの、その後は食欲も落ちて、夜もあまり眠れなくなる。最近はその繰り返しで、ついに昨日から休んでいる。

「どうしたらいいのかな私にできることってないのかな。憑かれやすい体質を変える薬とかないの?」

 ため息をついた私を見て、魔女は口角だけを少し上げた。

「駅の裏通りの黄色くて細長いビル、ね。あそこの四階、事故物件よ」

「え……?」

「四階の住人のおいでおいで攻撃に加えて、エレベーターの中には多分、四階に誘導する霊的な仕掛けもあるわね。そこで選別するのよ、一度しか来ない冷やかしのお客と、カ……常連になりそうなお客に」

「今、カモって言おうとした?」

「……一応、気をつかったのだけど」

 魔女は続けた。

「私が店主なら、次は悪運を招く呪符を渡すわ。お守りだってウソをついてね。悪いものを落とせば一時的によくなるでしょうけど、すぐにまた呪符に吸い寄せられて状態は悪くなる。何度も落とせば、その分信頼も大きくなって、大きな買い物もしてくれるし、口コミも自分で広めてくれる。いいカ……お客さまよね」

「ある、お守り……神社のやつみたいな」

 最初にお店に行ってしばらくして、摩利亜さんにお守りをもらったとスミカはピンクの布袋を見せてくれた。

「それから、これから言うことは、私のひとりごとなのだけど」

 えへんと魔女は咳払いをした。

「呪符を発見したら、燃やして、灰を川か海に流すといいわ。それだけでいい。後は元の持ち主に返るはずよ……ひとりごとだから、それをたまたま聞いた人が自分でやれば、料金は発生しないわね」

 魔女はふうっとため息をついた。

 何のため息だったのか、私にはわからない。


 私はスミカの家にお見舞いに行った。

 頼み込んであのお守り袋の中身を見せてもらい、写真を撮って、似た画像をネットで検索してみた。

 検索結果に怯えるスミカに代わって、スミカの目の前で私はそれを燃やして、川に流しに行った。

 スミカの回復は県大会に間に合って、結果は六位だった。

 あのブレスレットをしていたら、もっと成績は良かったのかもしれない、と思わないでもない。

 でも、あのブレスレットは大会前にいつの間にか二人とも失くしてしまい、買いたくてもあの店はもうない。

 摩利亜さんは、ひどいぎっくり腰を連発してしまい、仕事どころではなくなってしまったそうだ。

 西洋ではぎっくり腰のことを「魔女の一撃」というらしい。

 あいかわらず、魔女はクラスでぼっちのまま。

 だけど、体育の時間は私がペアを組む。

「シラト、へたくそすぎ!」

 バドミントンのサーブを3回連続でミスするなんてありえない。

 キッとにらんだ彼女のフルネームを、もう私は知っている。

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