そういう事だったんですよ

イトイ

そういう事だったんですよ

そういう、私さんは何か怖い話ないんですか?

そう聞かれて私はしばらく考えてから、『一つだけなら』と。


祖父がなくなり、本格的に空き家になった母の生家を片付けるため、当時大学生だった私はお駄賃も出すという言葉に釣られ夏休みの1週間、子供の頃以来のその家を訪れる事になった。

田んぼと山しかないそこは、携帯の電波すら怪しく、当時の彼女と後々その事で揉めることになるのだが、それは今はおいておこう。

広い田舎の一軒家である祖父の家は、久々に人が入ったせいかどういえばいいかわからないが『人気(ひとけ)』がしなかった。シンと気配のない部屋は子供の頃に訪れたあのどこか暖かい雰囲気は全くなく、かび臭さだけが漂う。


「人が住んでいないとねぇ、すぐに家っていうのはダメになっちゃうのよ」


だからだろうか、こんな風にまるで誰もいないみたいに、いや、実際誰もいないのだが、まるで世界でひとりぼっちのように感じられたのは。

ぼんやりと土間に腰かけていると、母親が電話で話している声が聞こえた。

辛うじて拾える電波が悪く、何度か切れたりしていたようだが、会話が終わったら慌ててこちらへと戻ってくる。

「お父さんがさぁ、具合悪くなったって、熱もあるっていうから、私ちょっと戻ってくるわ。」

「え、じゃあ、家どうすんの。」

「病院連れて行って明日には戻ってくるから、今日はアンタに任せるわね。大人なんだから一人でも大丈夫でしょ。ご飯は買ってきたやつがあるし。冷房はないけど、扇風機はおいてあるし。まだ電気も通ってるからね。」

お風呂はどうしたらいいだのあっという間に一辺にまくしたてた母親は嵐のように戻って行って、私は一人になった。

9月にしては暑い湿気を含んだ畳の匂いが虫の声と共に響き渡る。

じわじわと熱気を帯びた空気を振り払って、私は当初から予定されていた要らないものと要るものの選別に―、精を出す事になったのだ。


夜半になると他の音はしない代わりに、虫の声、どこからともなく聞こえる木々の騒めきが耳を覆う。

その中に一つ、気になる音があった。

最初は『虫の声』だと思っていた。


都会よりうるさいなぁ、色んな音がする。


風呂に入って、飯を食って、テレビをみるまでもなく時々電波が途切れがちになるスマホを弄っていると、否応なくその音は耳に入ってきた。


鈴だ。


これは虫じゃない。


そう気が付いた時、背筋のうぶ毛がゾワゾワと立ち上がった。

鈴の音。

他の家は近くにはない、歩いて五分ほどのところに隣家がようやくある裏手は山になっている一軒家。

ではこの鈴の音は一体どこからしてくるのか。

立ち上がり襖をあけて、薄暗い廊下に出る。

キシ、踏んだ木から湿気を含んだ音がして、目をやった先に幽かな台所の光が見えている事にほっとした。

さっき電気をつけたままにしておいて良かった。

そんな事を考えながら廊下を歩く。

台所に来れば、その音は壁の奥からしているように思えた。

だが同時にあり得ない話で、周りを思わず見渡した。

一人でここにいる事が怖くなりながらも、どうしようもないので机の上にあったペットボトルを握って居間に戻ろうとしたとき、台所の向こう側から何か音がした気がした。

台所の前はすりガラスになっていて、その向こうには裏庭がある。

何もないはずだ。


「足音?」


そんな風に、聞こえた。

いやでも、と思うが先ほどの鈴の音に続いての出来事だので、思わず唾を飲み込んだ。


すりガラスに、影が映っている。

小さいような、大きいような、人の陰。

そこから―鈴の音がするのだ。


気のせいだ。人なんて来るはずがない、心臓が跳ねて耳の奥がじんじんと痺れるような感覚がした。

どうしよう―もし本当に人なら泥棒かもしれないし、それはそれで恐ろしい。

5分先の家に駆けこもうか、いやでも家を出るのも怖いし、そう考えていると電話がなった。

ブーブーという着信のバイブに飛び上がりそうな程吃驚する。

もし外にいる相手に聞かれたら?そう思いながらも手を伸ばし、取ろうとしたとき、耳元で低い声が聞こえた。

祖父だった、と言われればそうかもしれない。


『そういう事だったんですよ』


「どういう意味かはわかんなかったんだけどね。」

「えぇ~、その後どうなったんですか?」

「気が付いたら居間の布団で寝ててさ、後はもうなんもなかった。その後は片付けを無事終えて、今は祖父の家も取り壊されてるから、もう調べようがねぇしな。」

「へぇ~。ほら、音がした方にお墓があったとか、お地蔵さんがあったとか。」

「次の日見たけどなんもなかった、だから、」


だからアレはなんだったんだろうなぁ、と今でも思う。

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