佐竹○○朗

東西北々

第1話

中学二年の夏あたりだったと思う。

休みの日、クラス替えで新しくできた友達の家に遊びに行った私は、その子の家があまりに賑やかであることに驚いた。

その家自体、5人兄弟でなかなかの大所帯なのだが、近場に母方の親戚の家があり、しょっちゅう従兄妹たちが遊びに来るらしい。

自分は一人っ子で、どちらの親戚も遠方に住んでいたから、酷くうらやましかったことを覚えている。

この家は、みんなすごく仲がいいんだな。

幼い自分がそう判断した根拠は、リビングに飾られていた大量の家族写真だった。

ザッと数えても、おそらく50枚以上。フレームに入ったものは窓辺に置かれたテーブルの上に、裸のものは壁のコルクボードに、所狭しと飾られていた。

僕たちは早速、当時流行っていた格闘ゲームで対戦を始めた。ところで、この頃のゲームは今と比べるとかなり処理が遅く、対戦するごとに結構な待ち時間が発生する。

何度目かのロード中、手持ち無沙汰になった私は、ふと、写真を指さして友人に尋ねた。

「あれって、誰?」

「ん? ああ、おばさん。さっき玄関でキックボードやってた奴の母ちゃん」

思い返せば、確かにこの家に来る道すがら、ピンク色のキックボードをゴロゴロと引きずっている女の子がいた。

妙に眉毛の太い、やんちゃな顔つきの子だった。それを踏まえて、もう一度、その写真に目をやる。

似ているといえば、確かに似てるかも。

「へえー」 

なんだか面白くなってきた。

「じゃあさ、あれは?」

「松戸に住んでるおじさんと従兄妹」

「あっちは?」

「千葉の方のじいちゃんとばあちゃん」

「じゃ、その隣」

「うん、岐阜の方のじいちゃん」

「んっ、え?」

長いロードが終わり、対戦が始まる。しかし、私はコンボ技を食らい吹っ飛ぶ自機を無視してコントローラーを置いた。

「なにしてんの」

友人も驚き、操作をやめた。放置された画面の中で、今と比べると荒いポリゴンキャラがウネウネと一定の動きをくりかえす。

「いや、あれ誰って言った? あの赤い枠の奴の」

テーブルの1列目、中央から左2番目に置かれた赤い木製フレームの写真を指さす。

「千葉の方のじいちゃんとばあちゃん」

「じゃ、その隣。貝殻ついてる奴」

「だから、岐阜に住んでるじいちゃん。父方」

「嘘だ」と、反射的に言うと、友人は「嘘なわけあるか」と思いきり顔をしかめた。

「いや、おじさんとかじゃないの?」

そう問うと、友人はちょっと怪訝そうな顔をした後、「ああ」と一人で納得したような声をあげた。

「ああ、若いよな。結婚早かったらしくてさ、まだ五十ぐらい」

友人は笑う。

「ずっと居酒屋やっててさ、まだ現役。背筋もピンピンしてるから」

私は友人の話を遮り、食い気味に言った。

「じゃ、あのど真ん中にあるやつ何なわけ?」

私が指さした方には、ひときわ大きな額入り写真が置かれている。

A4用紙を縦にしたぐらいのサイズの写真がテーブルのど真ん中を占領しているものだから、後ろの写真何枚かは隠れてしまっている。

そこに写っているのは、羽織袴を着込んだ老年の男性だった。古いホテルにあるような一人掛けのソファに悠然と腰かけている。

真正面に向けられた皺だらけの顔が、カッと口を開いて笑っている。その口には一本も歯がなく、黒々と洞が広がっているのが目を引いた。

友人はその写真を食い入るように見ながら、しかし、一向に口を開こうとしなかった。

気まずくなってテレビに目をやる。ゲームの対戦は強制終了になり、いつの間にかセレクト画面まで戻されていた。

あれ? これ、もしかして、聞いちゃ悪いことだったか?

そんな疑念が、じわじわと私の背筋を冷たくしはじめていた。

家庭の事情で祖父がもう一人いるのかもしれない。それとも祖父母の兄弟で、あまり触れてはいけない人物だとか。

まずかったな。反省し、慌てて謝ろうとした寸前、ついに友人が口を開いた。

「いや、知らん。誰あれ」

それからは、ちょっとした騒動になった。

友人が母親に例の写真を見せ、怪訝そうな顔をした母親が表で遊んでいた従兄妹の母親に「ちょっと」と声をかけ…………。

それが何度か繰り返され、いつの間にかちょっとした親族会議が発生していた。

来客である自分にとっては、居づらいことこの上ない状況だったが、話の顛末が気になりすぎて帰れない。

しかし、結局、その老人の顔に心当たりがある者はいなかった。

「お義父さんの兄弟じゃない? お兄さん二人いるでしょ」

「違う違う。全然こんな人じゃないわ」

話し合いが行き詰まりを見せる中、外へ出ていた友人の父親が返ってくると一言。

「額、外して写真の裏見たら? なんか書いてあるんじゃないの?」

確かにそうだ。皆は口々に賛同し、友人のすぐ上の兄が早速、棚からドライバーを取ってきた。

フレームを止めているネジを一本一本、抜いていく。留め具をすべて外し、額のふちをトントン、と軽く叩いて背面板を外し、白い台紙も取り去る。

露になった写真の裏には、鉛筆と思わしき薄い筆跡で名前が書かれていた。

「佐竹、○○朗」

おばさんが読み上げたその名前は、今ではうろ覚えになってしまっている。だが、名字の方ははっきりと覚えている。

「佐竹」という苗字は友人の名字とも、友人の母方の名字とも違っていた。それどころか、集まった親戚の誰も彼も、心当たりのない名字だった。


次にその友人の家へ遊びに行ったのは、冬のはじめのことだった。

コートを玄関先にかけ、リビングへ通される。視線は自然と窓辺のテーブルに吸い寄せられた。

所狭しと並べられた家族写真。その中央にはやはり、あの老人の写真が飾られているた。

「わからないけど、もし、お世話になった人だったら失礼だからね。そのうち、ふらっと家に訪ねてきて、写真が飾ってなかったら気を悪くするだろうし」

理由を聞くと、友人の父親はそう答えた。

今となっても、私はその理屈に釈然としないでいる。

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佐竹○○朗 東西北々 @jagaimgrgr

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