後編

 次の日、俺は仕事を休んだ。

 行けるわけがなかった。

 昨晩見た、肉塊が入ったビニール袋が、脳裏をちらつく。薄明かりの中見た人間の下顎を思い出しては、迫る吐き気を耐えていた。


 俺は故意ではないにしろ、上司に死体の処理をさせてしまった。後悔で押し潰されそうで、でも誰かに吐き出すことなんてできずにいた。


 俺は布団から起き上がり、水を飲む。普段なら、起きてすぐトースト一枚を朝食にニュースを見るのだが、この日は何も食べる気にならなかった。

 布団を片付けないままニュースを見る。行方不明事件の報道がないか警戒してしまう。だが、昨晩のバラバラ死体に関連しそうなニュースは何もなかった。


 あれは気のせいだったのだろうか。疲れた俺が、食肉を人肉と見間違えたのでは……?

 俺は首を振る。見間違いだったはずがない。


 第一、俺は下田しもだとともに、冷蔵庫の中身を確認したはずなのだ。その時には何もなかったはずだ。

 もし、中に何かを入れるのだとしたら、俺らが養生のために冷蔵庫から目を離したタイミングしか、チャンスはない。

 もしかしたら、細田ほそだの目的は、最初から死体の処分だったのではないか。


 それを探るには、リスクが大きいのではないか。


 居ても立ってもいられず、俺は立ち上がる。

 自己満足でもいい。事の顛末を確認しなければ、俺の頭がどうにかなりそうだった。


 ――――――


 H県K市○○町――

 俺はバイクを走らせて、先々日に訪問した住所へとやってきた。

 細田ほそだがまだそこにいるなら、冷蔵庫を処分した理由を知りたかったし、もしいなかったとしても、残された家屋から情報が拾えるのではないかと思ったからだ。

 寂れた住宅地を真っ直ぐ進み、角を曲がる。その先に細田ほそだ邸があるはずだ。


 俺は、驚いた。


 そこにあったのは、まっさらな空き地。雑草ばかりが青々と茂った場所だった。

 おかしい。建物が建っていないどころか、木材一つさえ見当たらない。

 ここに来たのは一昨日のことだぞ。たった二日で、こんなに綺麗になんてなるものか。

 何より、この雑草の茂り具合……ずっと前からこうだったように、地面が覆いつくされていた。


「すんません」


 たまたま近くを通りかかったばあさんを、俺は呼び止めた。ばあさんはシルバーカーを押す手を止めて、俺に顔を向けた。


「あの、ここ、いつから空き地なんすか?」


 尋ねる。

 ばあさんは「さあてねぇ……」と呟いて考える。


「確か、十年くらい前からじゃ、なかったかねぇ」


 信じられなくて、俺はあんぐりと口を開ける。

 そんなわけがない。だって、俺は一昨日ここに来たはずなんだ。


「その時に、住んでた人は……?」


 さらに尋ねる。

 この質問には、ばあさんはすぐ答えてくれた。


細田ほそださんとかいう、細い男の人だったねぇ。

 家を取り壊す一か月前から姿が見えなくなって……で、変な臭いがするもんで警察が家に入ったら、冷蔵庫から女の人の死体が見つかったって」


 俺はぞっとした。

 昨晩と同じシチュエーションだった。ということは、俺が見たのは幽霊みたいなもんだったのか?

 いや、それにしてはおかしい。

 だって、実際に冷蔵庫はあるんだ。川口商会の人も、上司も、それは確認してる。


 俺は、一体何処から冷蔵庫を持ち帰ったんだ……


 俺が真っ青な顔で立ち尽くしていると、ばあさんは「じゃあね」と言って立ち去って行った。

 俺は暫く、そこから動けなかった。


 ――――――――――

『それは誰の××か』

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それは誰の××か LeeArgent @LeeArgent

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