EP.063 暗中模索のデストロイヤーⅣ/つまりだね、赤子を宿した母親ってのは、ガイストから見て人間二人分に見えるということなのだよ


「──今回の護衛では私の率いる〝湖の乙女ブルーメイデン〟が最高指揮権を担わせてもらう」


 一方的な宣言だった。


 傭兵の集合と共にさっそく動き出した陸駆輸送船の中。


 船内の会議室に傭兵達が集まり、今後の護衛依頼について折衝するため話し合いをしよう、としたとき〝湖の乙女〟の団長ゴーマ・ブルータスが開口一番に告げたのが先ほどのような言葉だった。一方的なブルータスの発言にクロウもオスカーもその顔をしかめる。


「……随分な物言いだな。〝湖の乙女〟。此度のミッションは協力してのものだ。互いの力量もわからないうちから上だの下だのと言うのを決めるものでもあるまい」


「逆だよ〝揺り籠〟。護衛ミッションだからこそ、指揮系統を統一するのが一番効率的だろ? そして我ら〝湖の乙女〟こそがもっとも戦力を多く抱えている。そこから考えても、私が護衛の総指揮を執るのは当然ではないかな?」


 過大な要求からの現実的な妥協の提示ドアインザフェイスの類かと思ったが、どうやら本気でゴーマは自分こそがこの作戦の総指揮を執るべきだと考えているらしい。


 いっそ傲慢を通り越して自己中心的とすら言えるゴーマの態度にさすがのオスカーも不快感を顔面いっぱいに露わとした。


「護衛ミッションにおいて協調の必要性があるのは認めよう。だが、我らは軍隊じゃない。傭兵だ。そこに上だの下だのといった立場の違いはなく、ここにいる傭兵すべてが対等な関係。少なくとも、一方的な物言いで誰かの風下に立たされる道理などあろうはずもなかろう」


 傭兵の矜持として、また陸駆輸送船〝幸運の運び手〟号当初からの護衛としてオスカーがゴーマに対し遺憾の感情をぶつける。


 だが、ゴーマはそんなオスカーの態度も意に返していないらしい。


「かっかっ、するなよ。みっともないぞ。ここは会議の場だ。子供もいるんだし、冷静な話し合いで事を進めようじゃあないか」


「……子供ってのは、もしかして俺達のことか?」


 ゴーマが告げた言葉を聞いて、クロウが顔を上げた。


 ジロリとゴーマの狐顔を見やるクロウ。普段からあまり表情の変化が激しい方でもないが、それでもなお憮然とているとわかる表情のクロウに、ゴーマはニヤニヤ笑いを浮かべ、


「失礼した。悪気はないだぞ? ただ、年齢的に子供なのは事実だろ?」


 悪気がないと言いつつ、直後にクロウの年齢をダシにしてお前は子供だ、と無自覚に嘲笑うゴーマに、クロウは思わず呆れてしまう。


「どちらが子供なんだか」


 ポツリと口にしたクロウの言葉はしかしゴーマには届かない。


 ニヤニヤ笑いを浮かべていたゴーマは、そこで視線をクロウの方へ。


 より正確にはクロウの隣に座るハルカへと向けた。


「とはいえ、美しい女の子を前にして、言い争うのも恰好がつかないかな?」


 バチンッ、とわざとらしいウィンクをかましながらゴーマ。その気持ち悪い態度にさすがのハルカも盛大に顔をしかめた。


「ははは、歪んだ表情すら可愛らしい。好きだよ、私はそういう表情」


「あまり、ウチのオペレーターに話しかけないでくれないか。彼女と俺の耳が腐る」


 ゴーマの物言いを半ば遮るような形で言うクロウ。それにゴーマはムッとした表情になり、


「耳が腐るとはずいぶんな物言いだ。ただ可愛らしい女の子と話をしただけではないか」


「だからそれを止めろって言ってんだよ。いまは会議の場だ。話そっちのけでナンパなんざしている暇があんだったら、建設的な議論をするべきだろ」


 両者の眼がぶつかり合う。クロウの態度にゴーマは傲然と鼻を鳴らした。


「礼儀を知らないのか、クソガキ」


「礼儀を知らないのはどちらだ。クソ大人。この場の支配者にでもなったつもりか? まだ議論の結論は出ていないぞ」


 クロウの発言に、彼の隣にいるハルカやオスカーが同意の頷きをする。


 一方多勢に無勢な状況にゴーマは気に入らないというように口元をヒクつかせ、


「結論は出ているだろ。最も豊富な戦力を持つ私が指揮を執る。これが一番合理的だ」


「数だけがFOFのすべてじゃない。それこそあんたらが全戦力で俺に挑んでも俺はあんたらすべてをぶっ潰す自信があるぞ」


「は? なんだ、お前。なにを言っている。百機以上のFOFを単機で相手にして勝てるなんてそんな世迷言──」


「──いいや、彼の言ったことは世迷言などではないさ」


 クロウを小馬鹿にした態度をとるゴーマのその発言を途中でぶった切り、告げたオスカー。


 ゴーマからの胡乱な眼差しが突き刺さる中、オスカーはあくまで当然のことを言うような態度でそれを告げる。


「先の母体型ガイストの件は、あなたも知っているだろう。彼はそれを解決した立役者──母体型ガイストの中枢に侵入し、それを破壊した英雄だ」


「───」


 クロウに注がれる驚きの眼差し。主にゴーマと彼の配下である女性傭兵達からだが、そんな視線を受けてもクロウが平然とした態度をとることからか、ゴーマ達は唸るような声を出す。


「……信じられん。こんな子供が、か?」


「信じる信じないはあなたの自由だが、少なくとも実力においては我ら〝揺り籠〟が保証しよう。実際のところ、あなたやあなたの団員なんかよりも彼の方がよっぽど頼りになる」


 戦力としてはもちろん、純粋な人間性においても。


 直接的にオスカーがそう告げたわけではない。だが、彼の態度は紛れもなくそんな内面を表していて、室内の状況が一転自分に不利となったことにゴーマもようやく気付く。


「ふん。いいだろ。そこまで言うんだったら譲歩してやる。陸駆輸送船の防御は我らが、迫るガイストへの逆襲は貴様らが、やれ」


「機動防御、な。逆襲つったら、追い返した後の反撃になるぞ」


 言葉尻をあげつらって(と言う意図は実際のところあまりないだろうが)クロウが言うのにゴーマの顔が真っ赤に歪む。


「……ッ。とにかくっ! これで話は終わりだ!」


 言って勢いよく立ち上がるゴーマ。


 彼が連れてきた女性傭兵が慌てて彼の背について行こうとする──と、その時。


「………っ」


 女性傭兵の一人がふらりと身を傾がせた。


 そう思った次の瞬間には床へ向かって頭から倒れていく女性傭兵。


 仲間の一人が背後で倒れたという状況にクロウもハルカも、オスカーですら驚いて立ち上がる中、ゴーマはその女性団員にちらりと一瞥を送ったのち、盛大な舌打ちを漏らす。


「チッ。なにをしている⁉ 私は倒れろなんて指示していないぞ……!」


 よほど苛立っているのか、地面に倒れたままピクリとも動かなくなった女性傭兵を見て罵倒するゴーマに、さすがのクロウも見ていられなかった。


「おい、あんた。それが倒れた仲間に向かって告げる言葉か……⁉ せめてそこは心配するとか、医者に診せるとかあるだろ⁉」


「だったら貴様がそいつを医者に連れていけ、名前もわからんような下っ端団員の面倒などいちいち見ていられるか!」


 自分からこの会議に連れてきた癖に、倒れた女性団員を下っ端呼ばわりしてあろうことか本当に踵を返して会議室を出ていくゴーマ。


 信じられない有様に、クロウ達は唖然とその場で固まった。


「……っ! 私が応急処置をします」


 ハルカが、駆け寄って女性の状態を見やる中、オスカーは連れてきていた部下に担架と陸駆輸送船に乗船している船医へ連絡するよう指示を出しつつ、その首を左右に振る。


「聞きしに勝るとはこのことだな。まさか、ここまで自らの部下を顧みないとは」


 これはとんでもないことになったぞ、と口にするオスカーにクロウも内心で同意の頷きを返すのであった──





     ☆





 医務室に運んだ女性は、軽度の栄養失調と診察された。


「まともに食事をとっていないようですね。体重も平均より低い。ですが、なにより彼女の体調を悪化させたのは……」


 言って船医は女性傭兵のお腹を見やる。


 その視線だけで鈍いクロウも何を言いたいのかわかった。


「お腹に新たな命が宿っていると?」


 クロウの問いかけに頷く船医。


「まだ妊娠数週間といったところで、お腹が目立つほどではないですが……母体の健康状態から考えても傭兵などやらず病院などで安静にする必要があります」


 言いながら母体に影響のない点滴を打とうと用意しだす船医。ハルカは顔を青ざめさせながら女性傭兵の方を見やる。


「なんて、ひどいことを」


 小さく呟かれた彼女の言葉には多くの感情が内在していた。女性傭兵へ、ともすれば過剰にも見えるほど心配の表情をハルカが向けているのは、一時でも彼女自身〝湖の乙女〟に入ることを検討したことがあったからか。


「正直書類を見ただけでは、ここまでひどい傭兵団だとは思いませんでした。女性を多く受け入れている進歩的な傭兵団だとばかり……」


「そうか? 俺はわりと最初からあいつらを怪しいとは思っていたが」


 クロウの言葉にハルカが振り向く。


 視線だけで、その理由は、と問うハルカにクロウは思うところを告げた。


「前に書類を見せてもらったことがあっただろ? その時の書類に毎月1~3人の団員が辞めているって情報があったんだよ、しかも決まった日付に」


 傭兵というのは過酷な職業だ。今回のような妊娠ならばそれこそ即座に辞めさせるべきだし、そうじゃなくても毎月のように人が辞めている環境がまともなわけがない。


 それは今回の件を見てますます確信が持てた。


「まあ、それはいい。それよりも彼女のことだけど……」


 呟いてクロウは女性傭兵の方を見た。点滴を打たれたこともあってかようやく体調が快復してきたのか、意識を取り戻したらしい女性と船医の会話が聞こえてくる。


「……というわけですから、あなたが妊娠していることも含めて、傭兵団の方へ──」


「──や、やめてください!」


 絹を引き裂くような絶叫が響き渡った。


 女性傭兵が半ば縋りつくように船医へ手を伸ばす。異様な状況だ。必死な形相となって、連絡しないでくれ、と叫ぶ女性傭兵に船医は戸惑いを浮かべている。


「で、ですが、報告しないとあなたもあなたのお腹の子にも悪影響がありまして」


「だ、だとしても傭兵団の方へ報せるのはどうか、どうかやめてください! もし、妊娠していることを傭兵団に知られたら、私は」


 私は、


!」


「……なん、だと……?」


 女性が叫んだ言葉を聞いてクロウはとっさにその女性の方へと駆け寄る。


「ちょっとすまない。あんた、いまの話がどういう意味か教えてくれ」


 いきなりクロウから話しかけられてビクリと肩を揺らす女性傭兵。しかしクロウの姿が明らかに子供だったから安心したのか、少しだけ両目を右往左往させたのち、女性はそれを言う。


「み、〝湖の乙女〟では、ガイストを操るために──


「な──」


「そんな──」


 女性が告げた言葉に絶句するクロウとハルカ。そんな二人に気づいていないのかいるのか、女性傭兵は顔をクシャクシャに歪めながらクロウへとすがりついてきて、


「だから、お願い。私のことは傭兵団には言わないで──じゃないと私もお腹の子も死んじゃうから……!」










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今話より、本作は不定期更新となります。


次回更新は未定です。

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気づいたら人型兵器が活躍する異世界に転生したので、そこで最強愛機とともに傭兵として無双したいと思います 結芽之綴喜 @alvans312

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