書籍発売記念 番外編

 潮の臭いが鼻を突く。

 ずいぶん久しぶりに感じる臭いだが、不思議なことにまったく感動できなかった。おそらく理由は、俺が前世でもほとんど海に行ったことがないからだろう。


「ユウさん? そんな所で座っていたら、服に砂が付きますよ?」


 白いビキニを着用したアイリスが、日差しの下でこちらに近づいてくる。隣には薄紫色の水着——いわゆるスクール水着に近い何かを着ているナナの姿もあった。


「大丈夫だよ。ほら、尻に布敷いてるから」


 少しだけ腰を浮かせて大きめのハンカチを見せる。こんなでも無いよりはマシだ。


「そうでしたか。けど、せっかく港町に来ているというのに、ユウさんは水着を着て海に入らないんですか?」

「海、ねぇ……」


 俺たちは今、アルドノア王国から東南に進んだ先、漁業が盛んな港町の浜辺にいる。


 なぜ俺たちは港町にいるのか? 仕事だ。アイリスたち騎士団が周辺の魔物を駆逐し、とある依頼を請けてここへ足を運んだ。俺はアイリスの付き添い兼護衛だな。


「俺はあんまり海水が好きじゃないんだ。濡れると髪がパサパサするし、磯臭いし、日差しが暑い!」

「そんな女の子みたいなこと言わないでくださいよ……」

「アイリスこそ、白い肌を焼いてもいいのか? 焦げたアイリスもそれはそれで可愛いとは思うけどな」

「かわッ⁉ ~~~~! そ、それより!」

「あ、露骨に話を逸らした」

「そ、れ、よ、り!」


 わざとらしく声を張り上げて、アイリスは顔を近づけてくる。その顔が、笑っているのに妙な圧を感じさせる。「黙って聞いてください」ってことね。了解。


 俺は苦笑しつつ視線を横に移した。アイリスに近づかれると、ちょっと——水着が目の毒だ。


「私の水着はどうですか? 似合っていますか?」

「え? お……俺に水着の感想を言えと?」


 これはまた、一番答えにくい質問が飛んできたな。答えは決まっているが、なんとなく状況が恥ずかしい。アイリスの問いに沈黙を守っていると、


「似合っていませんか? ユウさんに見せるために頑張ってナナと選んだんですが……」

「超似合ってる。月の女神が降臨してきたのかと思った。月光を反射して美しい」

「今は昼間です」

「やっぱりアイリスには白色が栄えるな! まるで海中を泳ぐ人魚のようだ」

「ここは浜辺ですが?」

「……と、とにかく! すっごい可愛いよ、アイリス。絵にして部屋に飾っておきたいくらいだ」


 ふざけた感想は全て封殺されたが、最後に一番伝えたい言葉をシンプルに投げる。アイリスの頬に紅色の熱が籠った。


「そ……そうでしたか……えへへ。それならよかったです。絵にするのは恥ずかしいですが、見る分には構いませんよ。ユウさんだけは特別です」

「他の男が見たらどうするんだよ。お金でも取るのか?」

「まあ極刑でしょうね」

「罪重ッ」


 水着姿を見ただけで殺されるとか暴君すぎるだろ。いくらなんでも被害者の男たちが可哀想……でもないか! 俺もアイリスの水着姿を見た男の眼球を抉りたいと思った。彼女は一国の王女様だし、極刑もやむを得ない。うんうん。決して私情は挟んでいないよ?


「パパ、私の水着は?」

「ん? ナナもよく似合ってるよ。なんつうか小中学生みたいだな! ロリにはスク水と相場は決まっている」

「なんか馬鹿にされた気分」


 むぅ、と小さく呻いてナナが頬を膨らませた。余計子供っぽく見える。

 俺はくすりと笑ってその場から立ち上がると、ナナの前に歩みを進め、彼女の頭に右手を置いた。優しく撫でる。


「褒めてるよ。ナナも水着がよく似合ってる。可愛いよ。すっごく」

「ほんと?」

「ほんとほんと。俺が嘘吐くことあるか?」

「結構ある」

「だよねー」


 自覚もある。


「でもありがとう。嬉しい」

「ふふ、親子愛を深めているところ悪いですが、ナナ、泳ぎに行きましょうか。どっちが早いか競争でもします?」

「やる。負けない」

「二人共元気だねぇ。海は怖い所なんだぞ、気をつけろよ」

「私たちが魚に負けるとでも?」


 ふふん、とアイリスが自信満々に胸を張りドヤ顔を作る。俺は真面目な声色で言った。


「腕の生えたクジラとか出てきたらどうするんだ」

「そんな化け物、いるわけないでしょう……いても浜場には出てきませんよ」

「グオオオオオオオ!」


 ザバァン‼

 盛大に海水を打ち上げて腕の生えたクジラが姿を見せる。


「ほらあああああ⁉ いるじゃん! つうか気持ち悪ッ! なんで腕生えてるんだよ⁉」


 本当にいるとは思っていなかった。たぶん……というかほぼ確実に魔物だろうな。

 顔の横から生えている両腕を振り回し、クジラでありながら陸地に上がってきた。あれって魚……か? 腕を使って砂浜を移動している。気持ち悪い。


「もうっ! 武器はどこに……」

「俺がやるよ」


 言って、アイリスが反応するより先に剣を抜いた。魔力を纏い、魔力を練り上げ、腕の生えたクジラがこちらに到達する前に体を真っ二つに両断した。縦に斬れたクジラは、盛大に血を吐き出して息絶える。瞬殺だ。


「さすがユウさん。お見事です」

「パパ、凄い」

「それほどでもある」


 えっへん、と剣を鞘に収めてから胸を張った。力に関してだけは任せてほしい。


「けど……これ、どうするか」


 俺たちの前には、十メートル二十メートルなんて余裕で超える超ビックサイズのクジラの死体が転がっている。こんな状況で海を楽しめるのか? いや、アイリスたちなら問題はないか。気になるのは……。


「なぁ、アイリス」

「はい」

「このクジラ、食べられるかな?」

「え?」


 そこだよな、普通。


 なぜかアイリスとナナはドン引きしていた。

 あれぇ?




———————————

【あとがき】

本日7月25日、

ダッシュエックス文庫様より書籍1巻が発売しました。

その記念に番外編!本編とはまったく話は繋がっていません。現実が夏だから海の話にしました(笑)。


よかったら書籍買ってください!Web版より面白くなってますよ!

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【Web版】原作最強のラスボスが主人公の仲間になったら? 反面教師@6シリーズ書籍化予定! @hanmenkyousi

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