第110話 残念無念……

「……それらしい子はいないな」


 足を踏み入れた奴隷売買の店にて、獣人族現族長の娘ゼノビアを探してみたが、俺の記憶に該当する女性はいなかった。


 獣人自体はいる。それなりの数だ。あの集落以外にもグループは存在し、いろいろな所から攫ってきたのだろう。もしくは、攫った人間から買ったのだろう。

 檻の中から俺たちを見る獣人たちの目に、強く憎しみの感情が浮かび上がっていた。


「どうするんですか、ユウさん。彼女たちは」


 アイリスが俺の後ろに並んで声をかける。


 彼女が言いたいのは、ゼノビアはいなかったが、他の獣人は助けてあげないのかということ。

 俺とてできるだけ獣人は助けたい。困ってる彼女たちが素直に可哀想だと思うし、助けてれば獣人族に恩を売れる。

 だが、それは難しい話だ。


 アイリスの懇願に近い言葉を、首を横に振って否定する。


「助けたいのは山々だけど、今、彼女たちを街の外へ連れていくのは危険だ」

「危険?」

「普通に考えればおかしいだろ。獣人族の奴隷ばかり購入して外に出るなんて。怪しまれるに決まってる」


 この街では獣人の扱いは浮浪者以下だ。

 暴力を振るってもおそらく許される。人権なんてものは存在しない。

 端的に言えば、殺してもまた補充すればいい程度の価値観なんだ。


 戦力という意味では使えるが、命令に従わない獣など百害あって一利なし。

 だから、そんな獣人を大量に購入するだけで怪しい。利用価値など、それこそ甚振るくらいしかないのだから。


 おまけに外へ運び出したらもうアウト。獣人族側のスパイである容疑がかけられかねない。


 俺とアイリスとナナなら、例え追っ手を放たれても余裕で勝てるが、今度は街へ潜入するのが難しくなる。

 そういう理由で、俺は彼女の提案を拒否した。今はまだその時ではないと。


「むぅ……夜になって連れ出すのはダメですか?」

「確かに俺とお前なら、誰にも気づかれることなく獣人たちを外に運び出せるだろう。ありっちゃありだ」


 魔力にものを言わせた超パワープレイ。だが、シンプルゆえに気づかれる可能性は低いだろう。


 だが、それをしても怪しまれることに変わりはない。


「でも、大量に購入した獣人族の奴隷がいきなり消えたら、街の人間は俺たちを怪しむだろうな。購入した時点で何に使うのか訝しむはずだ」


 そこへ奴隷の消失。

 何の気兼ねもなく三人だけで街中を歩いていたら、どう考えても不自然だ。


 一日二日くらいなら誤魔化せるかもしれないが、それ以降、奴隷の姿が見えなかったら怪しすぎる。


 俺ならまず泊まってる宿を調べる。

 そして答えに行き着き、終わりだ。


「どのみち、彼女たちを今すぐ助けるのは、相応のリスクが伴うということですね」


 アイリスは賢い。

 自分がどれだけ無茶を言ってるのか、俺の態度から推測し結論を出した。

 本当は認めにくいだろうに。


「そうだな。やるとしたら、ゼノビアを救出してからだ」


 ポンポン、と不満げな彼女の頭を撫でる。

 アイリスは唇を尖らせながらも、少しだけ笑みを浮かべた。


「分かりました。私はユウさんを信用しています。必ずゼノビアさんを見つけて、この街に囚われている獣人族を助けましょう!」

「ゼノビアさえ回収できれば、あとはどうとでもなる。場合によっては、盛大に暴れ回ってもいいぞ。俺たちの素性さえバレなければな」


 ククク。例えば俺が魔力を籠めて街の一角を吹き飛ばすとかな。

 正体不明の相手に襲われた帝国は、原因究明のために時間をかける。

 それが今後の展開を遅らせる一手になるかもしれない。


 まあ、十中八九王国側の仕業だと疑うだろうがな。現状、アルドノア王国以外の国は、まともに帝国に手出しはできないし。

 だがそれでいい。証拠さえ残さなければいくらでも言い逃れはできる。


 内心でどす黒い感情が渦巻く。

 俺とて、この状況にアイリス同様憤りを覚えてる。

 原作を読んでいる時以上に、胸糞悪い国だ。


「では、もうここには用はありませんね」

「ああ。店主に別れの言葉を伝えてくる。お前たちは先に出てていいぞ」


 奴隷商には、「いい出会いはなかった」とだけ告げて店を出た。

 外でアイリスたちと合流し、今度は領主の屋敷へと向かう。


 その近くで、ゼノビアの情報が拾えるかもしれない。











「…………」


 じとー、っというアイリスの鋭い視線が俺の顔に突き刺さる。

 完全にご立腹だった。文句を言わないのは、それが正しい行いであると彼女自身が分かっているから。


 俺は頬をぽりぽりと軽くかき、彼女に謝罪する。


「ごめんって、アイリス」


 しかし彼女は不貞腐れたように返す。


「別に! ユウさんの方法は凄く合理的です!」

「そう思うなら怒らないでほしいよ……」


 なぜ彼女が不貞腐れているのか。それは、少し前のこと。

 領主の屋敷の傍でゼノビアの情報が手に入らないかと考えた俺は、道ゆく女性に声をかけた。


 今は仮面を付けていない。ユーグラムの甘い顔で女性に甘い言葉を吐き、できるだけ自然に獣人の話を訊いてみた。


 俺の顔に見惚れた女性たちは、ぺらぺらと知ってる情報を教えてくれたよ。

 しかもその中に、ゼノビアの話もあった。

 見事に当たりを引いたのだ。——アイリスからの好感度ダウンと引き換えに。

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