第109話 奴隷、そして疑い

 アイリス、ナナと共に、奴隷を売っている店に入る。


 非道な行いをしているだけあって、店内はあまり清潔とは言えなかった。

 檻に入れられた奴隷たちは、そのほとんどが薄汚れている。とても健康そうには見えない。


「……女性が多いですね。というより、男性の奴隷がいないように見受けられますが」

「男の奴隷は力仕事で活躍する。主に鉱山に送られていると聞くよ」

「なるほど。女性の扱いは……あまりよいとは言えませんね」

「間違いない」


 アイリスが感じたように、売られている奴隷はほぼ女性が割合を占める。

 それは、女性奴隷の使い道がかぎられるからだ。


 男は何をさせてもいい。人によっては犯罪に利用するケースもある。

 とはいえ、女性に比べて身体能力で優れる男は、過酷な鉱山に送られ、死ぬまで働かされるのが常だ。


 片や女性は、ある意味でこれも酷い。

 男性にはない魅力的な体を使い、主に性的な要求を購入者からされる。

 娼婦みたいなものだな。実際、人手が少ない娼館に買われていくこともあるとか。


 娼館に通う客の中には、暴力を行いながら女性を襲う不埒な人間もいる。当然、誰に買われようが、どこで買われようが待ち受ける運命にさして差はない。

 しいて言うなら、ごくごく稀に優しい人間に買われ、幸せに過ごす奴隷もいるらしい。


 帝国では非常に珍しい光景ではあるが。


「私も同じだった。分かる。ここでの生活がどれだけマシなのか」


 背後で続くナナが、ぽつりと零す。

 その言葉には、複雑な気持ちが籠められていた。

 俺は途中で足を止め、彼女の頭に手を置く。


「今は俺の娘で、世界一の幸せ者だろ?」

「うん。パパには本当に感謝してる。アイリス様にも」

「お礼はいりませんよ。私たちは家族でしょう?」

「アイリス様……気が早い」

「うぐっ」


 ぴしゃりとナナにツッコまれ、アイリスの頬に紅色が浮き出た。


 さらりと言ったからね。意味は違うだろうが、俺と結婚してる——と取られても仕方ない。


 俺はウエルカムだが、まだ俺たちは結婚などできない。今は、敵国の皇子と王女にすぎないからな。


「一言余計ですよ、ナナ」


 まったく、とアイリスはため息を吐いた。

 そのタイミングで、店の奥から小太りの男性が姿を見せる。やや煌びやかな服装は、この店の主に見えた。


「おお、これはこれは。いらっしゃいませ、お客様。本日はどのようなご用件でしょうか」


 人当たりのいい笑みを浮かべる男性。やはり店主かと俺は内心で呟く。


「奴隷を見に来たんだ。いろいろ見て回ってもいいかな?」

「もちろんでございます! 当店自慢の奴隷たちをじっくりご覧ください」


 揉み手に満面の笑みときた。売りたいという欲が隠せていない。

 そもそも、自慢ならもう少し環境を改善してやれ。そんなんだから、未来では奴隷たちにクーデターを企まれるのだ。


 内心で灯った火を消す。今は怒りの感情を優先すべきではない。落ち着いて、ゼノビアを探さないといけない。


「ありがとう、店主。気に入った娘を見つけたら声をかける」

「はい。では私は奥で待機していますね」


 それだけ言って本当に店主は戻っていった。

 購入さえしてくれればあとはどうでもいいと言わんばかりだ。

 こちらとしては、話しやすくて助かるけどな。


 そう思ってぐるりと周囲を見渡すと、いきなり横から肘鉄を喰らう。


 威力は最小限、ほとんど小突く程度のものだった。


 犯人はアイリスである。彼女はじろりと俺を睨み、訊ねる。


「なんだかユウさん、慣れてましたね。過去に奴隷を買ったことがあるんですか?」

「おいおい、誤解だよ誤解。俺は一度も奴隷を買ったことはないよ」


 これは本当だ。

 ユーグラムの記憶をどれだけ漁っても、奴隷のどの字もない。

 ユーグラムにとって、奴隷は存在しないのと同じだった。


「むぅ……ナナを連れてきた手腕といい、先ほどの会話といい……怪しいですね」

「同感。パパは私を誘う時もスムーズだった。慣れてる」

「ナナ⁉ お前まで何を言ってるんだ⁉」


 確かにあの時はすらすらと言葉が出た。我ながら罪な男だと思っていたが、ナナまでそんな感想を抱いていたとは。


 何より、俺の印象が身に覚えのない罪で削れていく。勝手に最低な男にしないでほしい。


 首をぶんぶんと左右に振り、必死に説得を試みた。


「俺は、マジで、ガチで、一度も、奴隷を買ったことなんてない! 命を懸ける!」


 真剣に、なるべく声を潜めてアイリスたちに告げる。

 しばし俺の顔を凝視した二人は、やがてふっと笑みを作った。


「……そうだと思いました。ジョークですよ、ジョーク。いつものユウさんみたいに」

「私も冗談。本気じゃない」

「嘘つけぇ!」


 お前らのあの顔はマジだったぞ。マジで俺に詰め寄る時と同じ顔付きだった。

 他人は騙せても俺は騙せん。本気で疑ってやがったな……!


 危うくこれまでの信頼関係が崩壊しかけたが、最後には元に戻る。

 奴隷問題とは、アイリスにとってはそれだけ大事なことだ。原作でも、彼女は奴隷を虐げる帝国に強い憎しみを抱いていた。


 よかった。この時期に俺の意識が表面化して。

 一度でも奴隷を買えば、アイリスに拒絶されていた可能性もある。


 無論、ナナみたいに大事に扱っていれば、話はまた別だろうが。


 そんなことを考えながら、改めてゼノビア探しを始める。

 しかし、それらしい姿はなかった。

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