第108話 宿、そして奴隷商

 俺、アイリス、ナナの三人は、帝国領に敷かれた検問を避けるようにヴァレリカへと移動する。

 やや時間はかかったが、無事に到着した。

 徒歩にて税金を払い、町中に入る。




「て、帝国領の町には初めて入りましたね……不思議な気分です」


 周りを歩く帝国民を眺めながら、ぼそぼそっとアイリスが小さな声で呟いた。


「人の数が少ない。活気が……ないの?」

「正解だ、ナナ。民たちは重なる重税にほとほと呆れている。少しでも暮らしをよくするために、散財を避ける傾向にあるな」


 それが金の巡りを悪くしていることにも気づかず。

 完全に悪循環だ。


「税……こればかりは他人事ではありませんね」

「王国は大丈夫だよ。今のところ普通だし。帝国の半分くらいじゃないか?」


 帝国はマジで貴族と平民で差が酷いことになっている。貴族なら許されることも、平民なら許されなかったりするし。

 おかげでヘイトは溜まりに溜まっている。


 実は、物語中盤から、帝国を裏切る者たちが大量に出てきて、最後には民にも愛想をつかれる。

 どこまでいっても皇族は孤独だった。

 民のことを考えないトップなど、存在する価値はないのかもしれないな。


「アイリスは今後も平和な統治を続けてくれよ」

「私はあくまで王女にすぎませんが?」

「ははは! 今のうち今のうち」


 どうせ次の王はお前になる。

 全てを終わらせたあと、この大陸の頂点につくのに、お前以上の適任なんていなかったからな。


 からからと笑いながら、俺はとりあえず前を歩く。アイリスとナナも俺の背中を追ってきた。


「それより、先に宿を探そう。一日でゼノビアが見つかるか分からないからな。外で寒風に晒されるのは嫌だろ?」

「嫌ですけど……普通に怪しいです」

「だな。多少は出費を出してでも、ゼノビアを探して獣人族と仲良くなっておくべきだと思う。異論はあるか?」


 ちらりと二人へ視線を送る。

 アイリスもナナも首を横に振った。反論はないらしい。

 それを見てにぃっと笑う。


「よし。じゃあ、できるだけ北西に近い宿を取ろう」

「北西? どうしてですか」

「その辺りにあったかな、領主の屋敷は」

「なるほど。領主の屋敷にゼノビアさんがいるんですね?」

「まだ予想の域を出ていないけどね」


 俺の前世の記憶によると、ゼノビアに陰湿な嫌がらせ——と呼ぶには胸糞悪いことをしていたのは、直接ゼノビアを購入した領主の男だった。


 おそらく、時期的に帝都へ運ばれるまでそれなりの猶予がある。

 ゆえに、俺は領主の屋敷を見張るのが一番だと考えた。


 無論、ゼノビアを捕まえ、奴隷に落としたであろう奴隷商へも赴くつもりだ。


「領主の動向を探るという意味でも悪い提案ではないと思います。ただ……」

「分かってるよ、アイリス。俺たちの素性がバレた際、近くにいるとまずいってことだろ?」

「はい。くれぐれも慎重に動きましょう。まずは周りから地盤を固めていくのが得策かと」

「周り……つまり、ゼノビアを売りに出した奴隷商からだね?」

「奴隷商がどこにあるのかまでは、私は知りませんが」

「俺も知らん。けどまあ、町の住民に聞けばすぐ見つかるだろ」

「……仮面、付けないでくださいね」


 じろり、とアイリスに睨まれた。


 実は俺、この町ヴァレリカに入るにあたって、仮面を取っている。

 いくらなんでもあんな怪しい仮面を付けた不審者を町中に入れるはずがない——とアイリスに言われたからだ。


 俺もそれくらいは分かっていた。渋々、変装用アーティファクトだけで済ませる。

 俺はアイリスと違って、一部の者にしか顔を見せていなかったからな。

 こんな片田舎の町に、俺の顔を知っている者はいない。変装用のアーティファクトもあるし、まあバレる心配はないだろう。


「へいへい。アイリスもあんまり目立つなよ。変装してても顔バレしたら面倒だぞ」

「私のことを知ってる帝国民の方がいるでしょうか?」

「分からん。だから心配なんだ。ここは安全に安全を重ねて、ナナに話を訊いてきてもらいたい」

「任された」


 びしり、と俺の願いを聞き入れてくれたナナが、地面を蹴って近くにいた住民に話を訊きに行く。

 その間、俺たちはなるべく顔を隠すようにフードを被って周りを見渡す。

 特に怪しい気配はなかった。


 ナナもすぐに戻ってくる。


「どうだった、ナナ」

「奴隷商は北西地区にあるらしい。領主の屋敷が近くにあるから、見れば分かると」

「なるほどね。お手柄だ、ナナ。ありがとう」


 少しでも顔バレのリスクを避けるために、俺たちにはナナがいないと困る。


 彼女の頭を撫でて、教えてもらった北西地区へと足を踏み入れる。

 宿を探す合間に、奴隷商も一緒に探した。


 すると、宿より先に奴隷商を見つける。本当に北西地区にあった。店構えは……奴隷を扱っているだけあって、非常に薄暗く、どこか不潔さを感じた。


 アイリスが店先を見て、顔をしかめる。


「これが……奴隷商?」


 王国にはたしか奴隷制度はなかったはず。

 帝国に来るのは初めてだと言ってたし、奴隷商を見るのもこれが初めてだろうか?


 王国領にもたぶん、密かに奴隷を売ってる貴族はいるはずだ。

 しかし、今は関係ないので何も言わない。


 二人に目配せをしたあと、ゆっくり店の中に入っていく。

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