第107話 ヴァレリカへ、そして戦争とは

 アイリス、ナナの二人を連れたって、帝国領にあるヴァレリカという町を目指す。

 ヴァレリカには現獣人族の長の娘が囚われている。


 彼女は潜在能力が高く、このまま放置すると、やがてアイリスたちの前に立ちふさがる強敵となる。

 できれば邪魔者は排除しておきたい。

 彼女を助けることができれば、獣人族に恩も売れるしいいこと尽くめだ。


「それで、ユウさん」

「ん?」


 走る馬車の荷台にて、アイリスが俺に訊ねる。


「ヴァレリカにゼノビアさんという方がいるのをなぜ知っているんですか?」

「占いで出たからかな」

「嘘はやめてください」

「あながち嘘でもないんだなぁ、これが」


 本当は前世の知識を持っているにすぎない。

 が、それをアイリスには話せなかった。占い以上に気味の悪い話だからね。


「厳密には占いとかつての情報だね」

「かつての情報?」

「ヴァレリカにいる領主が獣人族を欲しがっていた……みたいな話を聞いたことがあるんだ。たぶん、俺が国を出てそう時間は経ってない。もしかすると、俺が帝国にいた頃から彼女はヴァレリカに連れ去られたのかもしれない」


 まあ予想だと、俺が国を出た後に起きた事件っぽいけどね。

 しかし、アイリスを信じさせるには充分だった。

 彼女はやや考えてから言う。


「なるほど。それが今回の話に繋がっているかもしれないと」

「結局のところ、確証はないけどね。でも、獣人の集落から一番近いのはヴァレリカだ。連れていくならそこだろうし、領主が獣人族の女性を欲しがっていたのは本当さ」


 これは原作にも載っている情報だ。

 後にアイリスにそのことを語った領主は、彼女の刃に敗れて死ぬ。

 今回は俺がとどめを刺すかもしれないがな。


「ユウさんの情報には驚かされますね。よくもまあ、それだけ知ってますね」

「偶然だよ。偶然、俺が持っている情報が役立っているに過ぎない。獣人族の集落に来てなかったら、ゼノビアの話も知らなかったし」

「運命の女神様が、ユウさんに味方してるのかもしれませんね」

「それは確かに」


 思えば俺が国を出てすぐアイリスと出会えたのは幸運と言える。

 もう少し違う出会いをしていれば、彼女は俺を信用しなかったかもしれないし、仲良くできなかったかもしれない。


 小さな偶然が重なり合ったことで、俺とアイリスはこうして手を取り合っている。

 まさに奇跡ってやつだ。


「けど……ヴァレリカ、帝国領に入るには検問を突破する必要がありますよ。その辺りはどうなされるつもりですか?」

「うーん、そうだな……」


 アイリスの言うとおり、帝国領に侵入するのは簡単ではない。

 王国と戦争する気満々の帝国は、王国からの間者が国の中枢に忍び込めないよう、国境付近に検問を敷いている。


 無論、その検問にも穴はある。全てを監視することなど不可能だ。


「俺の記憶によると、ヴァレリカ周辺の検問はこの辺りだ」


 地図を取り出してアイリスとナナに説明していく。


「俺たちがいるのはここ。獣人族の集落から突っ込むと確実に検問に引っかかるな」

「では遠回りしていきますか?」

「安全にヴァレリカに侵入するならそれしかないな。わざわざ暴れても俺たちにはメリットないし」


 むしろヴァレリカの町の兵士たちにいらん警戒心を抱かせるだけだ。

 多少時間を使ってでも確実に忍び込みたい。


「畏まりました。では馬をこの辺りで止め、途中から徒歩で向かいましょう。万が一にも目立つわけにはいきませんし」

「だな。——いけるか、ナナ?」


 ちらりと話の終わりにナナを見た。

 彼女は静かにこくりと頷く。


「私の出番」

「そのとおりだ」


 ナナは暗殺術と鍵開けの他に、暗殺者らしい気配の探知や罠などの看破も行える。

 ぐるりとヴァレリカを囲むように罠が置かれている可能性も考慮して、馬車を降りたらナナを先頭に移動するべきだろう。


 こういう時、前の苦々しい彼女の経験が活きる。

 本人もそれは分かっているのだろう。どこか自信に満ちた表情を浮かべていた。


「無理はしないでくださいね、ナナ。いざとなったら強硬突破してでも……」

「ダメだよ、アイリス」


 意外でもない彼女の脳筋発言を止める。


「アイリスの存在が敵にバレたら、普通に帝国側に大義名分ができる。つけあがらせちゃダメだ」

「どうせ帝国は調子に乗って進軍してきますよ」

「それでもだよ。戦争っていうのは、何も兵士たちが殴り合うだけじゃない。民の心境にも気を配らないと」


 とにかく敵を殺せ。何をしてもいい——なんて帝国みたいな考えだと、民からの信用を失う。


 すでに地に落ちた帝国は、半ば燃え上がっている。

 それでも住民たちが反旗を翻さないのは、それだけ恐怖による圧政を敷いているからだ。

 その道を王国が辿っていいわけがない。


 俺たちには俺たちの。アイリスにはアイリスの戦い方がある。

 それを見失った先に、正しさも勝利もない。待っているのは、帝国と同じ破滅だけだ。


 俺の言いたいことを理解したのか、アイリスはくすりと頬を緩めて笑った。


「分かりました。なるべく見つからないよう努力し、場合によっては撤退しましょう」

「それがいい」


 彼女の意見に俺が頷くと、最後にナナが、


「お任せあれ」


 と胸を張った。

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