第106話 対等な関係、そして救出
現獣人の長には、一人娘がいた。
名をゼノビアという。
俺がその情報を知ったのは、すでに獣人の集落が帝国兵たちによって焼き払われた後だった。
ゼノビアは、獣人の集落が攻め込まれる前から行方をくらまし、他の獣人より少し早く捕まっていたのだ。
獣人の待遇が帝国でいいはずがない。
物語が進み、アイリスたちの前にゼノビアが現れるまで、彼女は過酷な環境に身を置いていたと推測できる。
なぜなら、アイリスたちの前に現れたゼノビアは、心身共にボロボロになっていたからだ。
傷付いた肉体からは、凄惨な拷問の痕が見えたという。
全てはアイリスと読者の推測でしかないが、奴隷がボロボロにされる理由なんてそれくらいしか思いつかない。
そうだと思えるくらいには、帝国は腐っているのだ。
「どこだ! どこにいる! ワシの娘はどこにいるんじゃ!」
俺の言葉を聞いた熊獣人の長は、声を荒げて問い正す。
しかし、俺は涼しげな表情を浮かべたまま首を横に振った。
「俺がそれを教えるメリットはあるのか?」
「なっ⁉」
熊獣人、ならびその背後に立つ二人の獣人が驚愕する。
今にも暴れ出しそうなほど取り乱した長の前で、俺はそれでも冷静に言った。
「これは対等な取引だ。お互いを信用するための材料だ。娘の情報を対価に、お前たちは何を差し出す?」
ジッと真剣な眼差しで熊獣人を見つめる。
隣ではアイリスが何やら言いげな顔を作るが、彼女に何を言われても俺は止まらない。
今後、獣人たちの未来を決めるかもしれない話し合いだ。一切の妥協は許されない。
その思いが目の前の長にも通じたのか、ややあって熊獣人はため息を吐いて怒りを下す。
彼の瞳に理知的な色が戻った。
「……そうさな。情報がたしかなら、ワシら獣人はアイリス殿下の下に付こう」
「お、長⁉」
判断が早い。あまりの早さに、護衛の獣人二人が目を見開く。
だが、熊獣人の意志は固い。落ち着くよう声をかけられても首を横に振っていた。
「別にアイリスの下に付く必要はないさ。言ったろ? これは対等な取引だ。人間も獣人も対等。優劣なんて存在しない」
「ワシを脅しておいてよく言う。お前は悪魔なのか天使なのかハッキリしてくれ」
「どちらかと言うと悪魔だな」
最終的にはアイリスさえ無事ならそれでいいと思っている。
アイリスのためなら、きっと俺は喜んで獣人たちを滅ぼせる。
万が一にも敵対するなら、命の保証はない。
だから、俺は善なる者じゃない。まぎれもなく、悪を成す者だ。
そんな思考を読み取ったのか、熊獣人は改めて告げる。
「解った。悪魔に魂を売ってやろう。ゼノビアの情報がたしかなら、ワシらはアイリス殿下の国——王国と同盟を結ぶ」
「ふっ。さすが長。英断だね」
エルフに続き獣人とも同盟を結ぶことができた。
まだ確定したわけじゃないが、原作にはゼノビアが帝国領のある町にいると書いてあった。時期的に間違いなくまだそこにいるはずだ。
彼女が帝都へ行き、帝国の兵士となるのはまだ先の話だからな。
こればかりは他のルートに変化が起きても時間的問題で変わっていないはず。
ゆえに、俺は今か今かと待ちわびている長に、ゼノビアの情報を渡した。
「じゃあゼノビアが囚われている場所を伝える。彼女が囚われているのは、帝国領にある『ヴァレリカ』という町だ」
「ヴァレリカ? ここから遠いのか?」
「いや、割と近いほうだな。友好の印に俺とアイリスがゼノビアの救出をしに行ってもいい」
「なに?」
俺の提案に熊獣人が眉を吊り上げた。
怪訝な目で見ているが、今のは完全なる善意だ。こいつらが暴れると帝国兵の注意を引くことになるからな。
それなら変装して俺とアイリスが奪還したほうが成功率も高く、素性がバレにくい。
少しばかり、帝国領で情報を集めたい——という気持ちもあるし。
「俺たちが救出したほうが手っ取り早い。変装用のアーティファクトもあるし、バレた時のデメリットも少ないんだ。何より、帝国の情報を集めるにはもってこいだ。ゼノビアからも話を聞きたい」
「ふむ……」
長は顎に手を当てて考える。
時間が一分、五分と過ぎたあたりで熊獣人が返答を出した。
「よかろう。お主たちに娘の救出を頼みたい」
「よいのですか、長。この者たちをそこまで信用して」
さすがに、と護衛の獣人が声をかける。
しかし、熊獣人はまたしても首を横に振った。
「逆じゃ。こやつらを完全に信用できないからこそ、こやつら自身にゼノビアを救出してもらう。万が一にも罠だった場合を考慮してな」
「な、なるほど」
用心深い爺さんだ。
けど、それは正しい。部下を送り込んで全滅なんてしたら、疑われるのはこちらだからな。個人的にも賛成である。
俺は仮面の下でにやりと笑って言った。
「話は終わりだな。タイミングも悪くないし、近々あんたの娘を連れてきてやる。もう少しだけ辛抱してくれ」
「なるべく早く頼む。あの子を、安心させたいのじゃ……」
「解ってる。全力を尽くすと約束しよう」
それだけ言って俺とアイリスとナナは、獣人たちの集落を出た。
外に待機していた騎士たちと合流し、そのまま一度王国に戻る——前に、目当ての町ヴァレリカを目指すことにした。
ここからなら本当に近いからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます