第105話 話し合い、そして希望

 獣人たちを制圧した俺たちの前に、集落へ繋がる門を開けて一人の熊獣人が姿を見せた。


 白髪に白い髭。亜人ではあるが、それなりの時の流れを感じる。


 おそらく獣人たちの長だ。貫禄がある。

 男は自慢の? 白い髭を撫でながら、単刀直入に言った。


「壁越しに話は聞かせてもらった。私は獣人族現族長である。貴殿らと話がしたい」


 ——ビンゴだ。


 タイミングよく門の前まで来ていたらしい。俺たちは武器を下ろして返事を返す。


「話の解る奴がきてくれてよかった。もう少しで戦争だったな」

「どの口が言う。それも致し方なし……と書いてあるぞ」

「へぇ」


 意外と人を見る目があるじゃないか。

 たしかに俺は、獣人たちを制圧するのも一つの手だと思っていた。


 しかし、決して争いを望んでいたわけじゃない。平和的に解決するならそれが一番だ。


 剣を鞘に納める。


「豪勢な部屋には通してくれるのかな?」

「生憎と我々獣人にそのような余裕はない。が、ワシの部屋になら案内してやろう」

「助かるよ」


 これで無事に獣人たちと同盟を結べる可能性が出てきた。


 話した感じ、長の熊獣人はかなり冷静だ。若い獣人と違って血気盛んには見えない。


 くるりと反転し、背後から集まってきた他の獣人たちに長は指示を出す。


「お前たちは倒れた同胞たちを運べ。残りの……そうさな。二匹ほどワシに付いてこい。あやつらと話をする」

「よいのでしょうか、長。人間を信用するなんて……」

「信用などしておらんよ。だが、このままあやつらに暴れられたら集落が壊れてしまう。それは避けるべきじゃろう?」

「……解りました」


 若い獣人たちが納得し、行動に移る。

 集落の中へと移動を始めた長に続き、俺たちもまた移動する。


 向かった先は、平凡な一軒家だった。

 そこが長の家らしい。











 長の家に入る。


 外観もそうだったが、内装も実に平凡だ。

 自然を好むエルフたちの家は木の中だったが、獣人はずいぶんと人間らしい生活を送っている。


「座りたまえ。お茶くらいは出してやろう」

「お構いなく。俺たちは茶を飲みに来たわけじゃないからな」

「ふむ……では聞かせてもらおうか。なぜ、人間がこの森の中にいる」


 席に座った俺たちを長は真剣な眼差しで見つめる。

 後ろに並んだ若い獣人たちもまた、俺たちを凝視していた。


 皆を代表し、アイリスが答える。


 自分がアルドノア王国の王女であること。

 帝国との戦争が始まること。

 帝国がエルフや獣人を狙っていること。

 最近、その帝国兵をアイリスが倒したこと。


 それらの全ての情報を開示する。




「ううむ……にわかには信じられない話だな」


 アイリスの長い話を聞き終えた長は、髭を撫でながら表情を暗くしていた。


 自分の理解を超える情報量に困惑しているのが解る。


「全て事実だよ。お前たち獣人が集落の近くで見かけた人間は、帝国兵だと思う。最近、エルフ族の里に侵攻してきた帝国兵を倒したばかりだからな」

「その帝国兵はどうしたのだ」

「全員エルフに渡したよ。今頃拷問でもされてるだろ」

「エルフがお前たち人間を里に招いたと?」

「最初は拒否されたけどな。貴重な情報を話したら信用してくれた」


「貴重な情報?」


「エルフ族が守ってる世界樹を帝国兵が燃やすと。それを聞いたエルフたちは守りを固め、見事、帝国兵を捕らえたんだ。もちろん世界樹は無事だよ」


 エルフ族にとって世界樹がどれだけ大事なものか。それを知ってるであろう獣人たちに包み隠すことなく教えてあげる。


 すると、熊獣人の長は腕を組んでやや考える。

 少しして、顔を上げた。俺に質問する。


「では、我らにも何か有益な情報をくれ。信用に値する情報がいい」

「あぁ? 信用に値する情報だぁ?」


 めんどくせぇ要求をしてくるな。

 エルフ族の時はタイミングがよかっただけだ。新たに予知をくれと言われても困るし、獣人族の場合はもう危険は去っている。


 帝国兵に襲われる心配はないのだから、どう進言しろと。


 うーん……何かあったかなぁ。


 俺は獣人の無茶ぶりに答えようと必死に頭を働かせた。


 その時。

 ふと、あることを思い出す。


「——そうだ! お前ら獣人にとってこの上なく大事な情報を掴んでいるぞ」

「この上なく? どういうことだ」

「くくく。お前たち獣人の希望だよ」

「希望?」


 俺の言葉に長はぴんときていなかった。

 無理もない。獣人たちの希望となるのは、まだまだ先の話なのだから。


 しかし、俺はその先の展開を知っている。




「ああ。あんたの娘——ゼノビアの居場所を知ってる」


「な、なんじゃと⁉ ゼノビアは生きていたのか⁉」


 明らかに熊獣人の表情が変わった。目を大きく見開き、余裕が消える。

 後ろに並んだ他の獣人たちも同様だ。完全に困惑していた。


 尚も俺は続ける。


「そうだ、生きてる。今は奴隷として帝国領のとある町にいるよ」


 時期的に奴隷になったのは結構最近だな。

 今なら、彼女の悲劇を打ち破ることができるかもしれない。

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