第二話 こいつ、誰からも好かれるクラスのマドンナってホントかよ

「ちょっと成瀬くん、大出さんにいったい何を言わせているの!」


「はあ?」


 声がした方向へなんとはなしに視線を向けてみると、クラスの女子が眉をつり上げて拓馬のことをにらんでいた。


 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。そんな使い古された言葉がよく似合いそうな美少女である。全体的に線が細く、肌はこれまたチープな表現だが雪のように白い。目鼻立ちも整っていて、腰まで届く長い黒髪には濡れたような見事な艶があった。


「あっ、さおりんだ〜! こんにちわんわん」


「こ、こんにちわんわん……って、いつも思うんだけど、この変なあいさつは何っ!?」


「え〜、変じゃないよ。がんばってあたしが考えたんだから。ほら、もう一回! こんにち〜?」


「わ、わんわんっ……」


 さおりんこと、白砂しらすなさおり。それがこの少女の名前である。先ほどは毅然とした態度でにらみつけていたくせに、今は恥ずかしそうに頬を染めながら、小町が差し出した手のひらに向かって忠実な犬のようにお手をしている。いろいろと台無しだった。


 そんな女子二人のやりとりを冷静に観察しながら弁当の中身を口に運んでいた拓馬は、いったん箸を置いてから盛大に嘆息した。


「それで……いったい何の用だ? 忠義の精神にでも目覚めたか? それなら小町に首輪でも買ってもらうことをお勧めするぞ」


「お〜! いいね、それっ! さっそく買っちゃおう!」


 意地の悪い拓馬の冗談に、小町はもろ手を挙げて賛成。


 そこでようやく我に返ったのか、ハッとした表情を浮かべたさおりが慌てて姿勢を正す。


「そんなわけないでしょ! 大出さんも乗せられないで!」


「え〜、さおりん絶対似合うと思うんだけどなー。ちょっとだけ首輪付けてみない?」


「付けません!」


「ぶぅ〜」


 わかりやすく頬を膨らませている小町のことは、とりあえず無視することに決めたのだろう。コホンとわざとらしくせき払いをしたあと、さおりはあらためて不機嫌そうに拓馬を見やった。


「さっき、大出さんにおかしなこと言わせてたでしょ! わたし、ちゃんと聞いていたんだから」


「おかしなこと? おまえが何を言いたいのかさっぱりわからんのだが……」


「ごまかそうたってそうはいかないわ。あんなのハレンチよ!」


 まるで身を守るかのように、両手で己を抱き締めるさおり。そのせいで、高校生らしからぬ発育の良い胸元が余計に強調されてしまう。気まずくなって、拓馬はさりげなく視線をそらした。


「……おれはいつものようにこいつに弁当をたかられていただけだ。非難されるような覚えはない。そもそも何をもって人をハレンチ扱いしている?」


「それは……だって。あなた、言わせてたじゃない……」


「言わせてた? 何をだ」


「だ、だから……欲しいのか? とか、いやしんぼ……とか」


「は?」


「大出さんだって、もう我慢できないって……女の子に昼間っから何言わせてるのよ、この変態っ!」


「とんだ濡れ衣だな、おいっ!」


 言いがかりにもほどがあった。確かにそのような言葉を口にしていたのは事実だが、断じていやらしい意味合いで使っていたわけではない。あくまでただの冗談だった。少し冷静になって考えれば、先ほどのやりとりがそれだということはすぐにわかりそうなものである。


 そもそもの話、小町に言われるならまだしも、その場にいもしなかった第三者に文句を言われる筋合いは拓馬にはなかった。


「どう? わかったのなら、さっさと大出さんに謝って」


「妄言も大概にしておけ。そういう発想になるおまえのほうが変態なんじゃないのか?」


「なっ――わたしのどこが変態だっていうのよ! 信じられないっ!」


「脳内がピンクなやつじゃなけりゃあ、そんなこと言い出さないだろうよ。あれがその場のノリだってことくらいわからないのか? これだから真面目さだけが売りの優等生は」


「真面目で何が悪いのっ! もちろんわたしだってさっきのが冗談だってことくらいわかってるわよ。そのうえで、教室であんなセリフを女子に言わせるなって言っているの!」


 まさに売り言葉に買い言葉といった具合で、二人の口論は熱を帯びていく。


 すぐそばで黙って議論の行方を傍観していた小町がわたわたと慌て始め、教室でランチを楽しんでいたクラスメイトたちの視線も少なからず集まろうとしていた。


 注目を浴びていたことにいまさらながら気づいたのか、さおりはそこでせき払いを一つ。


「……とにかく! 学級委員長としてああいった発言は見過ごせません。これからはくれぐれも慎むように。ほら、大出さん」


 小柄な学友の手首をつかむと、さおりはそのまま彼女を強引に引っ張り起こした。


「わわっ、あたしまだ拓馬からお弁当分けてもらうつもりなんだけどー」


「学食行きましょう。何かおごってあげるから」


「ホントっ!? やた〜!」


 まったく、現金にもほどがある。あれほどまでに拓馬の手作り弁当を大絶賛していた小町は、いざタダ飯にありつけるとわかった途端、大喜びでさおりと共に教室を出ていったのだった。

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