第四話 今のご時世、男だって料理の一つや二つはやって当たり前だ

「だってよ、白砂しらすなっておまえといるときだけ雰囲気違いすぎね? それって特別な関係だからだろ」


「…………」


 正直、そんなことを言われてもどんな反応をすればいいのやら。


 なんと返せばいいか分からず、とりあえず拓馬たくまはギロリと大吾郎たいごろうをねめ付けるにとどめた。


 思った以上に効果があったのか、椅子から浮きかけていた体をクラスメイトがそっと元に戻す。その顔は若干引きつっていた。この男、態度がデカいようで意外と小心者である。


「お、おい……何もそんな怖い顔するこたねぇだろ。言っとくが、別に俺だけがそう思ってるわけじゃないからな。男子の間じゃあ、一部で結構なうわさになってるぜ」


「……そうなのか? まったくの初耳なんだが」


「おまえはもう少し社交性ってやつを身に付けた方がいいな」


「なんでだろうな。至極まっとうなことを言われたはずだが、おまえに言われると素直に受け入れたくなくなる……」


「ホントに失礼なやつだな、おまえはっ!」


 まさか自分がうわさの渦中にいたとは知らなかった。少しばかり大吾郎の話に興味が湧いてくる。だからといって、白砂さおりと付き合ってるなんて疑われることはもちろん拓馬には受け入れられないのだが。


 拓馬の眼力が弱まったからだろう、大吾郎がふたたび勢いづく。もぐもぐやっていた購買の総菜パンをパックの牛乳で胃に流し込み、すぐに口を開いた。


「ほら、白砂って学級委員長だろ? 成績だって学年一桁台だし、おまけにあの美貌だ。スタイルだって下手なグラビアアイドルよりよっぽど良さげだしな」


「学級委員長なのがそれらとどう結び付くのかは分からんが……まあ、おおむね同意だ」


「いや、だからな。そんなすげーやつなのに、クラスみんなのために委員長までやってるのってすごくね? 現にクラスの連中にはすげー慕われてるしな。マジですげえよ」


「おまえの語彙力が壊滅的なことはよく分かった」


 なおも一人ですげーすげーとやってるクラスメイトを尻目に、拓馬は弁当の中身を一口頬張った。


 少しだけ普段のさおりのことを考えてみる。拓馬がそばにいないとき――確かに白砂さおりはある意味では完璧超人だ。教師からの覚えは良く、先輩後輩同学年の区別なく多くの生徒たちから慕われている。大吾郎の言葉を借りるわけではないが、やはりあれだけの美貌と聡明さを併せ持ちながら、それをまるで鼻にかけないところが大きいのだろう。誰しもに愛嬌を振りまき、何があっても嫌な顔一つしない。白砂さおりとは本来そういう少女だ。


 だというのに――


「ホント、おまえの前でだけはまるで別人だよな。まあ、悪い意味でだけど。あれ、なんでなんだ?」


「知らん……こっちが聞きたいくらいだ」


 そうなのだ。なぜかさおりは拓馬の前でだけは、辛辣な態度を平気でとり続けている。それがいつからだったのか、はっきりと拓馬は覚えていない。一年の頃はクラスが違ったから接する機会なんてまるでなかった。二年に上がって同じクラスになった後も、初めのうちは他のクラスメイトと同じ扱いを受けていた気がする。なのに気付いた時には今みたいな険悪な関係になっていた。


「何だっけ、おまえら確か、先週も言い争ってたよな?」


「あれは……白砂のやつが人の弁当にケチをつけたからだ」


「ケチって?」


「男のくせに手作り弁当なんて気持ち悪いって言われた」


「あー、そりゃおまえならブチ切れてもおかしかねーわな。あははっ」


「笑い事じゃない」


 今のご時世、男だって料理の一つや二つはやって当たり前だ。込み入った主義や主張など拓馬には特にないが、近頃は何かとジェンダーフリーが叫ばれる世の中である。『男のくせに』なんて言葉はまさに時代と逆行していると言わざるを得ない。学級委員長まで務める才女の白砂さおりなら、そんなことは当然理解していると思っていたが、どうやらそれは買いかぶりだったらしい。


 先日の一件を思い出して拓馬がいら立っていると、その隙に大吾郎が弁当のおかずを素早くさらっていった。


「おい、何をする! おまえ勝手に――」


 制止する間もなく卵焼きを頬張ってしまう大吾郎。幸せそうに相好を崩し、もぐもぐとそしゃくしている。


 たまらず拓馬はふたたびにらみ付けたが、さすがに二度目ともなるとあまり効果は望めないらしい。大吾郎にはまるで反省するようなそぶりは見られなかった。


「うん、こりゃあうめえや。おまえ今すぐ誰かの嫁さんになれるぞ」


「お断りだ。おれは結婚するなら、家事は夫婦できっちり分担するべきだと思っている。誰かのために一方的に料理を作ってやるつもりなんてさらさらない」


「ったく、おまえは相変わらずだな。料理上手な男子って女子にモテるんじゃねーのか? 知らんけど」


「そんなことこっちだって知るものか」


「もったいねーな。うまくアピールすりゃあ彼女くらいすぐできるかもしれねえのに」


「ふん、そういうのに興味はないな」


 これ以上、大事な食事を奪われてはたまらないと、拓馬は残りの弁当をさっさと片付けることにした。

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