第五話 いまさら自分の生き方なんて、そう簡単には変えられない
最寄り駅から徒歩で一五分、築三〇年の賃貸マンションで部屋の間取りは3LDK。
そんな
みそを溶いて軽く一煮立ちさせた後、一口分を小皿によそう。味見のため、そっと口に含んだ。
「ふむ、悪くないな……」
制服の上から黒いギャルソンエプロンをまとっている拓馬は満足そうにうなずいた。相変わらず仏頂面であることに変わりはないが、その口元はどことなくうれしそうだ。
無理もない。なにせこのみそ汁は全て拓馬の手作りなのである。かつお節からきちんとだしを取り、あろうことかみそだって市販のものではない。なんとお手製だ。貴重な土日を丸々フルに使って仕込みの作業を終わらせてから、発酵に要した期間はおよそ一〇カ月。ようやく完成した自慢のそれを今日初めて使ってみたのである。
その結果、納得いくみそ汁が完成したのだ。本音を言えば全裸になって踊り出したいくらいうれしくてたまらないのだが、あいにくとこの少年はそういったパーソナリティーを持ち合わせてはいない。だからせめてというわけではないだろうが、代わりに拓馬は口の端をつり上げたのだった。
まぁ、みそ汁の出来栄えを語るのはこれくらいにするとして――成瀬拓馬の料理スキルは同年代の女子のそれをはるかに圧倒する。実際にやってみたわけではないが、学校中を探し回ったところで拓馬より料理上手な女子生徒なんてきっとそうはいないだろう。特に誰かに誇れるわけではない。それでも、そういった事実は拓馬にとってささやかな自慢だった。料理するのだって嫌いじゃない。だからこそ、わざわざみそを自作なんてするわけだが。
「おっと、そろそろ洗濯物も取り込まんとな……」
ひとしきり優越感に浸ってから、ガスコンロの火を止める。
窓の向こうにそっと視線をやれば、あかね色だったはずの空はすっかり夜のとばりを下ろそうとしていた。
手早く脱いだエプロンを椅子の背もたれに放り投げ、ベランダへと向かう拓馬。料理スキルだけでなく、彼は家事スキル全般がきわめて高い。それはひとえに成瀬家が父子家庭だからである。料理だろうが家事だろうが、別に覚えたくて覚えたわけではない。日常生活を送るにあたって、必要だから身に付けたに過ぎないのだ。
つまるところ、成瀬拓馬という少年はそんな所帯じみた高校生だった。
そこでふと、窓ガラスに映った自分の顔が目に留まる。
まるで世をすねたような仏頂面が、われながら不快極まりない。それ以外は特に可もなく不可もなくといった顔立ちで、あえて特徴をあげるとすれば、目元を飾る黒いセルフレームの眼鏡くらいだろうか。先ほど笑みを浮かべていた口元も、今は不機嫌そうなへの字口に戻っている。
――成瀬拓馬という人間を、拓馬自身はあまり好きではない。
自分が周りと比べて無愛想でつまらない性格だということは自覚している。だったら、ちょっとでも愛想良くしろという話ではあるが、いまさら自分の生き方なんて簡単には変えられないだろう。
今日の昼休み――恋だの愛だのにうつつを抜かしていた友人の顔が頭をよぎる。誰と誰が付き合っているなんて話は、拓馬にとってはまるで興味が持てないものだ。どっちかというと、そういった話題は嫌っていると言ってもいい。通学途中、駅前でイチャつく若いカップルを見た時なんかはリアルに爆発してしまえと内心ひそかに願っているほどだ。
ただ……うらやましいとは感じる。当然だ。ちょっとした事情から拓馬は大の女嫌いではあるが、男としての欲求がないわけじゃない。年頃の男子高校生らしく、彼女が欲しいといった願望だって実はある。
けれど――
「この俺が誰かと恋愛か……まるで想像つかんな」
そもそもの話、こんな自分を好きになってくれる奇特な人間がいるとは思えない。本人でさえ、自分のことが嫌いなのだ。誰とも知れない相手に期待し過ぎるのもあまり現実的ではないだろう。
一〇年後、二〇年後、三〇年後……きっと誰を好きになることもなく、また誰からも好かれることなく、成瀬拓馬という人間は年老いていく。そう思っている。
ガチャリと、玄関の方で音がした。続いて、ギィーッと間の抜けた音がする。この家に帰ってくる人間は、拓馬の他にはあとたった一人しかいない。
「ふぅ……ただいま」
「ああ、今日は早いんだな」
気だるそうにネクタイを緩めながら、勝己が口を開く。
「ちょっとおまえに話したいことがあってな」
「話? そんな改まってどうしたんだ?」
「実は父さん、再婚することになった」
「……は?」
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