ホワイトノイズ
鈴木魚(幌宵さかな)
ホワイトノイズ
高校生二年の頃、僕の部屋には父からもらった古いラジオがあった。
ダイヤルで周波数を合わせるタイプで、当時でさえ絶滅危惧種みたいなラジオだったが、僕はそのアナログさが好きだった、
ある日、僕が深夜番組をを聞こうと周波数をいじっていると、不意にラジオから不思議な歌声が聞こえてきた。
ざらつきながらも聞こえる美しい女性の歌声。
こんな周波数で拾う番組なんてあったけ?
そう思いながらも、僕は女性の歌声に聞き惚れてしまっていた。
しばらくして歌が終わると、独り言のように女性が今日あったことを喋りはじめる。
静かな凜とした声が部屋に小さく響く。
最後におやすみと言ってラジオは終わり、後にはホワイトノイズだけが流れていた。
その日から僕は、何度もその周波数にダイヤルと合わせて不思議な歌声を聴くようになった。大体午後10時過ぎに、歌声が聞こえ始め、その後に女性が静かに近況を語る。
毎日というわけではなく、たまに何も聞こえてこない時もあった。
それがどこの放送局なのか?誰が喋っているのかは一切わからなかった。
ただ、その声だけを求めて、僕はラジオを聴いていた。
しかし偶然、僕はその歌声を外で耳にすることになった。
大学進学の下見も兼ねて、友達数人で訪れた近くの大学祭。
アマチュア無線部と書かれたの教室前で、部員らしい女性が口づさんでいた歌声を聴いた時、僕は稲妻に打たれたような衝撃を受け、その場から動けなくなってしまった。
その歌声は、僕が聴き続けたラジオの歌声そのものだったからだ。
僕はその人がいる大学に進学を決め、勉強ををしながらラジオを聴き続けた。
大学受験が近づいてきた、寒い冬の日。
いつものような歌声を聴きながら受験勉強をしていると、突然知らない男の声がラジオから聞こえてきた。
「ま、まゆか?」
「やっと繋がった」
女性のすすり泣く声がした。
「ごめん。ここ電波がなくて。でもこれなら聞こえるみたいだ」
男は親しげにそういうと、女性は今まで聞いたことのないような嬉しそうな声で近況を話しはじめた。
僕は呆然としてその会話を聞いていた。
「もうすぐここから帰れそうなんだ。週末には電波のあるところに出るから、電話する。ごめんな、もう少しだけ待っていてくれ」
「うん、待ってる」
そう言いながら女性が静かに歌った。
「懐かしいな」
「二人で作った歌だからね」
またね、そう言ってラジオは切れた。
ホワイトノイズだけが部屋に響いていた。
その日から、あの歌声がラジオから聞こえてくることはなくなった。
ホワイトノイズ 鈴木魚(幌宵さかな) @horoyoisakana
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