第6話


「さあ、どうなんだろうな」


 反応に困って、黙るしかなかった。やけに空気が重くなったような気がして落ち着かない。


「でさ、引いてあったテンションゴムを人形の太もも部分から抜こうとしたら。こいつがさ、やけに引っかかるんだよ」


 佐藤がふいにこちらへと視線を向けた。真剣だった。こころなしか身を乗り出し、こっちをうかがうような目つきになった。

 こう、と右手を持ち上げ、なにかを持っているように軽く握り、胡椒コショウビンでも振るような動作をする。


「音がするんだよ、軽い、乾いたものが摩擦で動くような」


 ざわり、と砂混じりの布で擦られたような寒気が背筋に走った。騒がしい店内から音が失せたかのように思えた。


 いやな想像が浮かぶ。

 かさかさした、軽い音。筒状に内部が空洞になった人形の足から、聞こえるようだった。


「振ると出てきたんだよ」

「なにが」

「こう……──」


 右の親指と人差し指で作った円型から、左手でパラパラとなにかが落ちてくる身振りをする。


 バラバラになった、なにか。


「──節足動物の大量の脚」


 思わず息を飲んだ。変な声が出なくてよかった。


 節足動物と言えば百足ムカデだろう。瞬時に、『蠱毒』という言葉を想起した。

 古代中国で行われていたという呪術。ムカデ、ゲジ、蛇、蛙などを集め、百匹を共食いさせ、勝ち残った一匹は神霊となる。それを用いて、他者に害を為したり、思い通りにしたりする術をかける。


 佐藤はこちらを注視している。


 目を開いて、おたがいを見合っていた。

 しばし静止していたかと思うと、いきなり佐藤がこちらの肩を強めに、ばんと叩いた。


「んなワケねえだろ。ホラー映画じゃあるまいし」


 必死に笑いをこらえているのを見て、担がれたのだと悟った。

「なんだよ、まさか……ぜんぶ嘘かよ!」


 目を細め、喉の奥で笑っている。いやいや、と言い、手をひらひらと横に振った。

「おまえがやけにビビってるから、ちょっと引っかけたくなったんだよ」

 入ってたのはマジだよ、と付け加える。


「押し込んであったから、なかなか出てこなくてさ。ピンセットで引っ張り出したら」


 ほら、と佐藤は斜め上を見た。過去を思い起こしている。


「あれだ、香典袋の高いやつ。脚の内部に収まるていどだから小さいんだけどな。あれみたいに、上下を折りたたんだ紙に包んであった」


 まんまとしてやられた。腹立ちまぎれに訊ねる。

「いったい何がだよ」


「髪」

「カミ……?」


「そうだよ、髪の毛。と言っても細く切り刻んで、念入りに短くしたやつが大量に挟んであった。ああ、あと睫毛らしいのとか……下の毛っぽいのも」

「は?」


「気持ち悪いだろ? しかもご丁寧に両足に仕込んでやがってさ」

「は……あぁ?」


 人毛の細切れに込められた想念とは、いったいどのようなものだろう。考えようによっては、虫の脚よりも始末に負えないかもしれない。前の持ち主は、なにを考えてそんなことをしたのか。


「佐藤、おまえどうすんだよ、それ」

「ああ、もう供養してもらったよ」

 えっ、と声が出た。


「菩提寺に持って行って、相談したんだ。だからもう平気だろ」


「って、おまえ、人形も納めたんだろうな。いっしょに供養してもらったんだよな?」

「は? そんなわけねえだろ、なんで本体まで納めなきゃいけないんだ」


 心底、意外そうに佐藤は声を出した。


「いったい、いくらしたと思ってるんだ」

「いくらって……」


 金の問題じゃねえだろ、と言いたくなる。


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