第8話


 じつは、あのあとにSNSで知り合って、ドール関連の販売イベントで会う約束をした相手と電撃結婚して周囲を驚かせた。


 翌年には女の子が生まれた。


 奥さんとなったひとは再婚だったらしいが、世のなかには佐藤と気の合う異性が存在したのかと思うと、まさに奇縁は存在する、としか言いようがない。


 所持している人形をおたがいに見せ合っているうちに、彼女があの美男子人形をいたく気に入って意気投合したとの話だった。


 意外にも、あれほど不要な人付き合いを拒んできたにもかかわらず、佐藤は子煩悩で家族思いの人格者に大変貌を遂げた。手に入れたものに対し、あいつなりに道理を通した結果だったのか。人間とはわからないものだ。


 ただ……、考えてしまうのだ。ただの思い過ごしかもしれないが。

 巡り合わせは本当に偶然だったのか、と。


 佐藤は、日頃からSNSで発信していた。日々の些細ささいなつぶやき。出先での風景、食事の写真、自作のグラスアイ、人形の化粧ドールメイクの画像、そしてあの珍事の経緯すらも──。


 いまや写真の写り込みで場所が特定できるし、その気になれば容易に個人情報をつきとめられる世のなかだ。


 ふと思う。限定品の人形の、前の持ち主はだれだったのだろう。


 持ち主自身が手放したのか、それとも第三者による出品だったのか、いまとなってはわからない。

 もしかしたら、前の持ち主はすでに死亡している可能性すらある。出回る中古品のたぐいには、遺品の可能性だってあり得るのだから。


 人手に渡ったのは、一度だけだったのか。それとも持ち主は何度も変わっていたのだろうか。

 大切に扱われてきたのか。そうでもなかったのか。


 はたして、たまたまだっただろうか。巡り巡って、流れ着いた先が、佐藤のもとだったのは。

 気にかかる。人形の内部に仕込まれていた、妙なまじない。

 調べてみても、あんな方法は見つからなかった。


 だれかが勝手に施したとして、なんのためにやったのだろう。

 害のない可愛らしく他愛ないものから、実害が深刻ではんぱなく邪悪なものまで、考えようとすればいくらでも想像することができる。


 その効果はいったい、いつまで続くのだろう。それを、たとえば佐藤のような部外者が見つけて、呪術を壊したらどうなるだろうか。

 ひとを呪わば穴ふたつと言うし、術をかけた者に返るのか。それとも理不尽にも、壊した者に降りかかるのか。


 いや、……こうも考えられないか。

 もっとべつのもの。あの人形、そのものの内に封じられた、なにか。


 何者かが込めた呪術を、安易に壊し、解き放ってしまった。それが佐藤の変化と関係あるとしたら。 

 伴侶を得られたのは偶然なのか。

 彼女は、本当にまったくの無関係だったのか……?


 引っかかる。だが、訊ねたところで、もはや誰も本当のことは言わないだろう。

 これはただの妄想に過ぎない。なんでもない、きっと。

 次に会った時に、佐藤と話してみればわかることだ。


 でも、おそらく——。

 いまからでも、容易に想像できてしまう。


 薄ら笑いを浮かべ、変わってしまった佐藤は断言するのだろう。

「俺にとって理想の家族のためなら、いくらでも愛情をかけて染め上げてやるよ」——、と。


 女児が成長する数年後、はたしてあの家庭がどうなるか……、気がかりながらも期待する自分がいる。


                〈了〉

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ヒトガタ 内田ユライ @yurai_uchida

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