第7話
「なら、そんなケチがついたものに執着してないで、売っ払って新しいやつを買ったほうがいいんじゃないか」
「限定品だぞ、二度と手に入らないかもしれないものを、ハイそうですかって手放せるかよ。べつに実害があったわけでもないんだぞ」
「目玉はどうするんだよ、返品されたやつ」
「ああ、それならバーナーで融かして、細かくパーツに引いて、小さく巻いて、ドール用のアクセサリーに仕立て直してやったよ」
「なんだって?」
「ガラスが溶ける温度は八百度以上なんだ。妙な怨念がついてようが、燃えて蒸発しちまうだろうよ」
もし、さっきの落札者の気が変わって、品物を返せと言い出したらどうするつもりだろう。今度こそ、早々に返金して
「じゃあ、人形本体はどうするんだよ」
「ああ、それはな」
佐藤は得意げに言った。
「
限定品って言ってなかったか。ああいうのって、化粧そのものも価値になるんじゃなかったか。素人がいじったらダメじゃないのか。
「前のオーナーが、あとから手を加えてるみたいだったからな。ありゃ標準のメイクじゃねえよ」
スマホの画面をいじり、こちらに向けてくる。
「これ見てくれよ」
この時点で思い違いに気づいた。見せられた画像。
男が手に入れるなら、さぞや美少女の人形だろうと思い込んでいた。
「人形って──、男かよ!」
勢い込んで突っ込むと、え、と佐藤が不思議そうな表情になる。
「そうだけど?」
「少女人形じゃないのかよ」
「そっちはべつに確保してある。妻役がな。こっちはその夫」
べつに──? いったい幾つ所持してるんだ。それよりも、妻ってどういうことだよ。理解が追いつかなくて、頭がくらくらしてきた。
機嫌良さげに笑いながら、佐藤が説明する。
「こっちが
やたらと気だるげで、血色の悪いビジュアルバンドのボーカルみたいな、真っ黒で不健康な化粧を施された男性型の
佐藤が指先でスワイプする。続いて表示されたのは、清楚(?)な面立ちの健康的な優男。同じ人形とは思えないほどの大変身を遂げていた。
まじまじとのぞき込んでいた。
いや、すげえな。同一の素体とはとても思えない。メイクでこんなに印象が変わるものなのか。
婚前に、外出前の妻が念入りに化粧を施す時間の長さに驚いたのを思い出す。見栄えを気にして、生身の女が化粧に時間をかけるのもうなずける。こういうのは、もはや特殊メイクって言うんじゃないのか。
被写体の外見は、手腕がうかがえる素晴らしさだった。
おもちゃの人形同様、単色の樹脂の素体に、下地として血管を描き込んでから、綿密に計算した異なる色を、エアブラシで幾重にも重ねてしあげる。わずかなそばかすやほくろまで細かく描き込まれ、まさに生きている者の肌であるかのように見える。
上まぶたのつけまつげの自然さ、細かい線で引かれた下睫毛や眉、唇の色や艶のしあがりは見事だった。その界隈で、いくつも受賞してきた実力者だけのことはある。
「おまえ、よく平気だな」
「なにが?」
「不気味な人形だってのに」
「気に入ったものに見つめられるなら本望だろ」
「男の人形なのに?」
「俺の気持ちは関係ない。なんせ、五人の子持ちの父親なんだからな」
「はあ? いったい、なにを言ってる?」
「そういう設定なんだよ。こいつには、最高の美少女である妻がいて、幸せに暮らしてる。しかも我が子である、女の子四人と男の子ひとりのかわいい幼児人形に囲まれてて、不満なんかあるわけないだろ?」
佐藤の両目が輝いている。夢中で力説するさまは、なにかに取り憑かれているかのようだった。
「俺にとって、まさに理想の家族だ。そのためなら、いくらでも愛情をかけて俺好みに染め上げてやるよ」
佐藤から放たれる情熱の威圧に、胃の腑が急降下するような感じがした。
画面のなかから、こちらに視線を投げてやわらかに微笑む美男子が、両目で訴えかけているような気がしてきた。この笑顔すら、佐藤の妄想力を現出させたものかと思うと、全身の毛穴が逆立つようで、ぞわぞわする。
魂のない
こころなしか不安そうに見えたのは、気のせいとも思えない。同意する。さすがにこんなのといっしょにいたら──
怖い。
◆ ◇ ◆
余談となるが、佐藤にはその後も妙なことはなにも起こらなかった。
ありあまる愛情で、本当に怪現象を押さえ込んでしまったのだとすれば、怨念も他愛ないものに思う。
いや、ひとつだけ、あいつの生活にも変化は起こった。
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