第4話
「グラスアイだけじゃなく、最近はレジン製の目玉でも人気があるんだが、ドールアイには視線が追ってくるものがあるんだよ。……こう、」
佐藤は人差し指を走らせ、空間に弧を描いた。指先がレモンのかたちを作る。
「虹彩の模様を載せた底面をドーム型にへこませて、その上に透明なガラスを盛ってやる。レンズ状にすると、眼底が屈折して浮き上って、まるで瞳孔が追ってきているように見えるんだ。底までの高低差で、ばっちり視線が追うものもあれば、そのままでは追わないのに、ドールの眼窩にはめてみたら追視の効果が出るものもある。構造を考えると面白いんだが、この──」
両手の人差し指を近づけたり、離したりしている。
「透明なガラスでどれだけレンズの厚みを作るかによって、ギラギラするくらいの勢いで視線が追ってくるものがあるんだよ。俺は強い追視が好きじゃなくってさ。どこか虚空を眺めてるくらいの表情がいいんだ」
「そうなんだ」
やけに力説されてしまった。想像する。人形と目線が合う……か。
剥製の目は、視線が合わないように作られていると聞いたことがある。
かつて生きていて、いまは死んだもの、つまり死体の皮で作られた生前そっくりの姿で復元されたモノが、まるで生きているような目線で追ってきたら、気味が悪いどころかそれこそ恐怖を感じるだろう。
いわば、生きているように感じたい人形なのか。人間は、不可思議なものにこだわるものだと思った。
「オークションで売れたから、さっそく発送した。手放したんだ」
数日過ぎた深夜のことだ、と佐藤は言った。
「ちょうど日曜の晩だった。仕事に備えて早めに寝たんだ。ふだんは滅多に途中で起きたりしないんだよ。だけど、ふと目が覚めた。なんか……音がしてるのに気がついたから」
「音?」
「ああ、なんか軽い、固いものが当たるような」
佐藤は自室の片側に作業机を寄せ、椅子に座った時にベッドが背面となるよう配置しているのだという。だから就寝の際、横になるとちょうど机の上を眺められるらしい。
「俺は真っ暗で寝るのが苦手で、常夜灯をつけっぱなしにしてるから、部屋の中が見分けられる」
ことん、ことん、と目覚めたあとも音は断続したと言う。
不思議に思って、音の方向へと視線を向けてみた。
音は、作業机から響いていた。
なにかが……まるで軽い甲虫が、ガラス窓に当たるような音。
跳ねている。机の上で、爪の先ほどの白くて大きな
丸い、白いものが跳ね上がっては、机の上に転がり、また飛び上がる。しかも、ひとつだけではなかった。ふたつ、跳ねている。
ばらばらに跳ねて、転がる。
こん、ことん、ころり、ころ、
こん、こん、ことん、かつん。
なんだ、あれは、と思ったそうだ。
注視すると、白く丸いものには正円の鮮やかな新緑の色がついているのがわかった。あれは……そうだ、目玉だ。
はっとして、ぼやけた眠気が吹っ飛んだ。
固い机の板面で、かつん、かつっ、と次第に強く跳ね回る。
その意図を理解したんだ、と佐藤は言った。
「──やめろ!」
制止を叫んで、飛び起きる。そのとき、すうっと目玉から力が抜け、なにもなかったかのように机の上で静止した。
なにもない。なんでもないはずだ。そうだ、寝ぼけただけに違いない。
なのに、だれもいない部屋にただならぬ気配を感じる。机の上でドールスタンドで支えられて直立する人形へと視線を向ける。
すばらしく綺麗な顔が、真正面を向いてこちらを見ている姿が目に入った。
青く、氷のように澄んだ冷たい瞳の色。恨みがましい視線。肝が冷えた。
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