第5話


 見えざる力がかちあって、電流がはぜたかのような感じがした、と佐藤は話した。


「なにが怖いって、人形がこっちを見てるわけないんだよ」

 外してあったんだよ、と大きなため息をついて佐藤は続けた。

「ヘッドに目玉は入れてなかったんだ」


「え……」


「大体、あんなふうにカツカツ固い板にぶつかりまくってたら、ガラスが欠けるかと思うだろ。白目ならまだしも、きガラスに傷が付きでもしたらとマジで焦ったわ」

「そっちかよ」

「そりゃ無いはずの目玉と目が合えば、こええっちゃ怖えけどよ。跳ねてたほうの目玉は、俺が作ったやつだからな。作業時間考えたら、不良品にされるほうがよっぽどこええっての」


 憤慨するかのように酒をあおると、息をつき、冷静さを取り戻す。 


「さすがに慌てたけど、よく見たらやっぱり人形に目玉なんて入ってなかった。だから、俺が寝ぼけただけかと思ったんだけどさ」

「うん」


「別件で問題が起こった。返って来ちゃったんだよ、目玉が」

「え?」

「オークションで発送したやつ」


「落札者に届かなかったのか? 宛先不明?」

「いや、先方の都合による返品」

「ええ……?」


「理由もなにも書いてなくってさ、ただ、お返しします、返金は不要です、って付箋が貼ってあって」

「どういうことだよ」

「さあなぁ」


 佐藤は不可解だとばかりに顔をしかめ、首を傾げた。


「単に気に入らなかったのか」

「だけど返品してくるような相手なんだから、ふつうは金返せって言うもんだろ。もしくは……届いてから、なにか、よほどよくないことでも取引相手の身に起こったとかでなければ──」


 口走ってみて、自分でもなにを放言してるのかと考えた。


 佐藤が先方と連絡を取ろうとしたら、相手はサイト利用の退会手続きまで終えていた。送り先の住所はわかっていたから、小為替にして郵送したら、受け取り拒否で返ってきてしまったそうだ。


 念の入れように、あっけにとられたらしい。


「どうすりゃいいんだよ、これ」

「それって、返金されても困るっていう意思表示だろ? ありがたく受け取っときゃいいんじゃねえの?」

「そうはいかねえだろ」


 困るんだよな、とひどく迷惑そうだった。こういうところは義理堅い。

 金はしばらく預かっとくか、と言うものだから、いつまで待つんだよ、と返す。


「一応、警察に届けとくか……」

「受理してもらえるかすらわからないぞ」と応じると、佐藤はため息をついた。好物だと言って頼んだ、ぬか漬けの茄子を口に放り込む。


 佐藤の手元にあるのは、いわくつきの人形なんじゃないか、と疑いつつあった。


「話はこれだけじゃ終わらないんだ」

「はあ?」


「こうなると人形自体が気になってきてさ。振ってみるとなんだか、中で引っかかってるような音がするんだよ。本体の内部に通してあるテンションゴムを外して、分解してみた。そしたら」


 新たに注文をしていた串焼きが届いた。佐藤はさっそく串を取り上げ、肉をひとくちかじってから続けた。


「胴体の内側を覗いてみたんだよ。そしたら胸の中央に、よくわかんない紙が貼ってあってさ」

「なんだって?」

「このくらいのやつ」


 親指と人差し指で、四センチほどの幅を取ってみせる。


「剥がしてみたらさ、なんか書いてあるんだよな、赤い文字で」

 当事者であるのに、どこか他人事のような口調になっている。

「紙のほうは古びていて泥水に浸けたような色になってるし、水性ペンで書いたっぽくて滲んでて、子どもの文字みたいな筆跡がのたくってて判読できねえんだよ」


「それって大丈夫なのか」


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