第2話


 佐藤の自室に遊びに行ったときに見た。押し入れに高く積まれた、プラモデルやフィギュアの空き箱。肝心の中身は壁一面を占拠する、特注であつらえたガラスケースに整然と並べられていた。あれがぜんぶ空っぽになったのかと思うと驚く。


 フィギュアやプラモデルで、希少価値がついているものはオークションに、そうでない大量生産品はネットのフリーマーケットに二束三文で放出したと聞いた。その手間だけでも面倒だろうに、よくやるなと述べたら、佐藤はこう応じた。


 愛着があったものをただ廃棄するのは気が引けるから、せめて欲しがるやつに縁をつなげてやりたいんだ。


 椅子の横に置いた、底の広い紙袋へと目をやる。譲ってもらったプラモデルは三種類。外箱を横にした上部、横長の側面が並んで見えている。


 独り者だけに、突然死でもしたら迷惑がかかるからな、とたびたび佐藤は口にする。


 まだ若いだろ、と指摘すると、いつどうなるかなんてわからないだろ、とあっさり言い放った。両親は健在だが、佐藤が幼いころに両家の祖父母は他界していて、親族間でいろいろ揉めたらしい。

 興味が移れば潔く手放す。そういう心づもりには脱帽する。


「さすがに今回は、デカイ声で言うのを控えたい」

「え……?」


 珍しいこともあるもんだ、と思った。

 佐藤は、ぬっと太い首を伸ばし、こちらへと身体を向けて声をひそめた。


「ドールだよ」

「ドール……?」


 すぐには思い至らなかった。


「──ってもしかして、あの、人形? のやつか?」


 あのデカイ人形、と繰り返すと、佐藤は顔をしかめた。


 幼い子どもがママゴトで扱えるような、小さな玩具ではない。大小はあるが、月齢九ヶ月ほどの赤ん坊と変わらない大きさのものも多い。

 基本は飾って眺めるもので、いわばビスクドールの廉価版とでもいえるだろうか。

 販売価格はまったくかわいくない。初任給一ヶ月分の給料を突っ込んでも、手が届かないものも珍しくない。


「そうだよ、キャストドール。球体関節人形だよ」


 いい歳こいて、よりにもよってこんな見た目のオッサンが人形遊びだよ、と小声ながら自虐をこめて、一語ごとに強調しながら告げる。


 べつに驚きはしない。プラモデルだけでなくフィギュアの収集もしていたやつだ。


 固定人形フィギュアと違って、球体関節人形は内部が空洞になっており、関節ごとに独立している。テンションゴムと呼ばれる紐ゴムを内側に通して引いて、バラバラになっている各パーツをつなぎ、組み立てる。関節の部分で、首や肩、肘、手首、胴、股関節、膝、足首、ものによっては指のすべての関節が、人間のように動かせるしくみになっている。


「なんでまた……どういうきっかけ、っていうかどんな心境の変化があったんだよ」

「たまたまSNSで画像を見て」

「──ああ」


「限定品だってんで、ものすげぇキレイな顔でさ。こんなもんがあるのかと」

「……なるほど」


「顔が好みすぎて。たまたま即売会があってさ、ためしに行ってみたんだ」

「そうなんだ」


「実物を見たらブチ上がって、衝動的にひとつ手に入れたら」

「うん」


「ヤバかった」

「……」


 会話が止まった。対象が人間じゃないんだよなぁ、と天井に目をやって、ため息が転がり出た。しょうがねえよなあ、いまや多様性の世の中なんだから、そんな人間だっているだろうよ。


 常軌を逸している自覚があるだけましか。間をもたせようとして、テーブルのうえの料理に箸を伸ばす。


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