わたしの異世界は、あなたの声で彩ってほしい

第0話:わたしの異世界は、彩り始める

 オーランド大陸。


 東西に長い山脈を中心に隔てて北側と南側に地方が分かれる大陸である。

 北には巨大な海と魔法研究に長けた『ミティス公国』が、南には『魔法国家』と呼ばれる魔法を信仰する宗教を中心とした巨大な帝国と、いまだに謎が残る遺跡を持ったグロウディオ山がある。


 そして南側にはもっと多種多様な町や村があったが、すべて魔法国家によって統一された。うち、もっとも大きな都市であった『商業都市レイヴァー』は完全にその名前を消すことになる。


 しかし商業の町としてのノウハウは残ることになり、魔法国家は魔法に限らず商業においても南側地方で大きな影響力を持つようになった。

 それももはや日常になりつつある。レイヴァーの敗戦と諸国や町や村の服従によって3年にわたって続いた二国間の戦争である「ダール戦争」は終結した。


 ダール。


 これはレイヴァーと魔法国家の間にあった村である。

 しかし、それもまた過去の話であり、ダールの名前もすで地図から消された。


 オーランド大陸では平和な日々が続いていた。

 それに伴い、商業の活発化も相まって、地域ごとの貿易や人の行き来も多くなっていた。

 平和とはいえ、ブラックウルフやグレートベアといった魔物はまだ、いたる場所で見つかっているため、誰も死なない世界と呼ぶにはまだ遠い先のことになるだろう。


 そうしてダール戦争から2年が経った。


 戦争の影もなくなり、人の往来も元通りになったことで、各地で戦争により数年の間できなかった祭りなどの催し物を再び開催するようになっていた。


 この魔法国家直属の連絡駐屯地でもある『グラウ村』でも以前は、花祭りと呼ばれる催し物が毎年あったが、やっと今年になって5年ぶりに開催が認められたのだ。


 このグラウ村はかつての呼び名では『アンリーゼ』と呼ばれていた。毎年二回目の黄月おうげつに開催されるお祭りであり、子供たちの可愛らしいダンスがちまたでも有名だった。


「……おぉ、素晴らしいですな」

「すごいわぁ」


 今はその子供のダンスがステージの上で行われている。観客は可愛らしい子供たちのたどたどしい踊りを見ながら、戦争のない平和をかみしめていた。


「……ほら、あれはうちの子だよ」

「……」

「いやぁ、あれほどいやがっていたのにちゃんと踊れているじゃないか」

「……」

「…………おや、お嬢ちゃんもこれを見に?」


 観客のひとりが、隣に静かに座っていた少女に声をかけた。

 少女はその観客に対して無言のまま首を縦に振った。


「いやぁ、戦争の影響でうちの子が踊らないままになってしまうかと思っていましたが、今年はやってくれてよかったですなぁ」

「……」

「それで……って、あぁ! ころんじゃって、もうまったくうちの子は……」

「……」

「すいませんね、なんだかお恥ずかしものを見せてしまって」

「……」


 少女は首を横に振る。


「お嬢ちゃん、見たところここらじゃ見ない顔だね。もしかしてこの花祭りのためにこの町に来たのかい?」

「……」


 少女は顔を隠すぐらいおおきなフードで頭を覆っていた。

 その顔にはまだ幼さが残っている。髪の色はカーマインに近い赤ではあるが、瞳の色はよく澄んだ紫色をしている。しかしその瞳の色にはどこか少し違和感があった。

 例えるなら髪のに、を張り付けたような紫だった。


「ということは、この踊りも初めて見るのでしょう」

「……」

「いやはやそうかぁ、やっぱり泣くほど良かったですかね」

「……」


 少女は自身が気が付かない間に一筋の涙を流していた。

 涙を少しだけ拭き取って、少女は少し考えた後で小さくうなづいた。


 たしかに少女はこの花祭りのために町に来た。

 そして、たしかにこの踊りをのは初めてだった。


「パパー」

「おぉ、よくできていたぞぉ」


 ダンスが終わり、子供たちが観客席にいた両親のもとに散っていった。

 少女の隣に座っていた男のもとにも衣装を着たままの子供が走ってやってきた。

 さきほど、ステージの隅でころんだヤンチャそうな男の子だ。


「転んでたけど大丈夫だったか?」

「うん」

「そおか!」

「……」


 二人の話を静かに聞いていた少女はおもむろに立ち上がり、男の子のもとでしゃがみこんだ。

 そして、男の子の膝に手を当てる。

 ころんだときに痛そうに手でこすっていた箇所だ。


「お姉さん、どうしたの」

「……」

「え? お姉さん?」

「……」

「……え!? すごい!! これ魔法だよね!?」

「……」


 少女は男の子からの問いに答えなかった。

 そして、その親子に何も言わずに少女はその場を去った。


「どうしたんだダグ」

「すごいよ! 痛くなくなった!」

「ほぉー」

「ありがとーおねーさん!!」

「治癒魔法が使えたのか、あのお嬢ちゃん」


「でも、言わなかったね!? あれなんで!?」

「……さぁ。で魔法など……お嬢ちゃん、彼女は一体……」


 ______________


 次に少女は冒険者があつまる酒場にやってきた。


 この場所ではいろいろな冒険者と出会うことができるため、酒を飲まない商人も護衛役を頼むために酒場にやってくることもあるそうだ。


「嬢ちゃん。どうしたんだい?」


 酒場のカウンターにいる店員のもとに向かう。

 若い見た目から、彼はマスターではなさそうだ。


「何か用かい?」


 少女は着ていたフードのポケットから一枚の紙を取り出す。

 そこに自前の羽根ペンで何かを書き出した。

 その様子を不思議そうに店員は見ていた。だが、店員は事情を察して少女のペンの動きをまじまじと見ることをやめた。

 その紙にはお世辞にも上手とは言えない字でこう書かれていた。


『うみにいきたい』


「海? ということは北の山脈を越えるってことか」


 その問いに小さく少女はうなづく。


「うーん、ちなみに嬢ちゃん名前は」


 再び少女はペンを走らせる。


「……ん? 嬢ちゃん、多分書き方が違うぞ」

「……!」

「ほらここ。きっと『リ』って書こうとしただろ。でもそれは『レ』だ」

「……!」


 少女は驚いた。自分の名前を書くことには自信があったからだ。

 それに、は自分の名前だからとてもきれいだと言って……


「……」

「……どうしたんだ?」

「……」


 少女は何でもないといった具合にまた首を横に振った。


 そうか、そうだったのか。


 はずっと何も言わずに誉めてくれていただけなのか。

 そう思ってどこか心の中が温かくなったような気がした。


「……なるほどね。んで率直に言うと今から山脈を越えるのは難しいと思うぞ。特別な手形が必要になるし、今はグレートベアがいる危険性が高い。頼むなら二人の冒険者を雇う必要があるかもしれん」

「……」

「それで嬢ちゃん。手形をどうにかするにしても今日はもう遅い。家や宿はとっていたりするか?」

「……」


 少女は「いいえ」と首を振った。


 それに今日の目的自体が「家」だった。

 さっきの親子には子供が見てる手前、祭りのために来たわけではないとは言えなかった。本当は自分の住んでいたはずの「家」を見るためにこの場所に赴いたのだ。


 しかし、あったと思われる場所には何もなかった。

 それを少女は悲しく思えなかった。それはなぜかはわからなかったが、きっとがなかったからだろうと自分の中で結論を出した。

 それに、会いたかった人もいなかった。


 これでもうこの村でやることはなくなってしまった。

 だからこそ。すぐにでもこの地を立とうと酒場にやってきたのだった。


「……」

「どのみち出るとしてもまだ先だ。今日は宿をとってくれ」

「……」

「ついでに観光もしていくといい。この村は綺麗だぞ。すぐ隣には花畑があっていい香りが……」


 嗅いだことはある。


「あと祭りの終わりに空に大きな花が……」


 聴いたこともある。


 でも私が聞きたい声は……


「それにしても山脈といえばを思い出すなぁ」

「…………………………!?」


 その言葉に私は聞き覚えがあった。


 竜の目覚め。


 リリー神話に出てくるあの巨竜が目覚めたときに大きな唸り声をあげることを指した言葉だったはずだ。そしてそれは一生に聞けるかどうかもわからない、とても珍しいものとも聞いたことがあった。


「あのときは屋根のない小屋で……って、え?」


 少女は焦って紙の上に言葉を書きなぐる。


『あなたのなまえは』


「え、俺の名前か? 俺はエレーナ・だが……?」

「……!!」


 その名前を聞いたときに少女は、また目に大粒の涙を溜めた。

 いきなり泣き出した少女を前にしてグライスと名乗った店員は焦って、着ていたエプロンからハンカチーフを出してカウンター越しに渡した。


「……ッ」

「だ、大丈夫かい嬢ちゃん」


 ……


 本当だった。


 あの人の冒険は本当だった……


 それを思うとさらに目が潤んで前が見えなくなった。

 でも、水で濁る目とは裏腹に、この世界はどんどんと色味を増しているようにも思えた。


 この世界はあの人の生きた世界だった。

 あの色とりどりの鮮やかで美しい世界だった。

 そう思うとどんどんと心が熱くなっていくのがわかった。


「……」


 少女は一呼吸を置いて、またペンを持って震えながら紙に文字を書き始めた。


「ん?」


『あなたのそのぼうけんをきかせてほしい』


「お、おぉわかった。でも長くなるぞ、いいのか?」

「……」

「いいぜ、あれはミティスに行きたいと言っていた……」


 店員はその冒険を話し出した。その内容すべてを聞いたことがあった。そして店員の話す冒険でもやはりは情けなそうだった。


 ……


 わたしの名前は「クレア・アンリーゼ」。


 わたしはあなたが彩ってくれた世界が好きだ。


 そして、あなたが大好きだ。


 だからわたしはあなたと同じ道を進もうと思う。


 あなたにまた出会うために、


 そして、いつか、あなたに話すために、


 あなたと同じ「冒険」をしようと思う。


 ______________


『私の異世界は、あなたの声で彩ってほしい』終。

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わたしの異世界は、あなたの声で彩ってほしい 琴吹風遠-ことぶきかざね @kazanekotobuki

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