第38話 エピローグ

「たける、頼む!」


 たけるくんのチームメイトの声と共に、たけるくんの前に鋭いパスが送られてくる。

 たけるくんはそのボールに向かって走り、そのままダイレクトでシュートを放つ。

 そのボールはディフェンダーの間をすりぬけ、ゴールキーパーも手が届かない。見事ゴールへと突き刺さっていた。


「きゃ~! たけるくんが決めたよ! たけるくんが!!」


 思わずボクは黄色い声を漏らしてしまう。

 たけるくんがボクに向かって親指をたてて向けると、とにかくボクはめいっぱい拍手を送る。


 結果から言えば、たけるくんの病気は完治した訳では無かった。わずかながらだけど、再発の危険性は残るらしい。

 この病気は発症例も少ないため、完全に理解されている訳ではないし、さらに完治例もほとんどない。そのため今後も予断を許さないとも言える。


 とはいえ再発する確率はかなり低いらしい。病気の時にあらわれる脳内の陰が見えなくなっているため、少なくともすぐに再発することはないだろうとのことだった。

 お医者様の言葉によると、直接的にではなくて間接的に記憶を刺激したのが、病気の寛解に近づけたのかもしれない、とのことだ。


 たけるくんはボクとサッカーボールの奪い合いをした時のことを最初に思い出したらしいけれど、いちど忘れて思い出したサッカーとからんで記憶をとりもどしたことや、あいつの存在が間接的な刺激になったのかもしれないといっていた。


 でも何よりも大好きな彼女を守りたいという気持ち。それがたけるくんの脳内にあった病巣を追いやったのかもしれない、愛の奇跡だねって、お医者様は言っていた。


 ちょっと恥ずかしい。照れくさい。

 でも嬉しかった。ボクへの気持ちが、病気をすべて蹴散らしてしまったんだって思うと、ボクの心はきゅっと引き締まる。


 奇跡だって。奇跡のようだって、言われた回復。

 ボクのことは思い出してくれたし、こうしてサッカーが出来るようにもなった。このまま時間が過ぎても何事もなければ、完治したということになるらしい。

 だからたけるくんは部活にも復帰して、そしてこうしていま活躍もしている。


 本当のところたけるくんの身に何が起きたのか、何が原因で病気が治ったのかなんて、ボクにはわからない。


 でもボクは信じてる。

 ボクとたけるくんをつないでいた気持ちが、最後の奇跡を起こしてくれたんだって。

 大好きな気持ちが重なり合えば、きっと奇跡くらい起こしてしまえるんだって。

 ボクは信じてる。

 ボクはお医者様ではないから、このあとどうなっていくのかなんてわからない。

 でもいいんだ。もしも病気が再発したとしても、ボクはキミのことを忘れない。

 ずっとずっと好きでいるよって、約束したから。

 もしも忘れてしまったとしても、またボクへと振り向かせてみせるから。

 だからずっと一緒にいてほしい。


 元通りになった日常を前に、ボクは強く思う。

 このままずっと好きな人といられますように。ボクはただそれだけを願う。


                     了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕は君の事を忘れるけれど、ボクはキミの事を忘れない 香澄 翔 @syoukasumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ