''推し活''のすすめ

第15話

確かに”ナナ”は正真正銘のNanashiのファンだ。コメント欄に書いてあったことだって、あながち間違ってない。もしいまNanashiのメンバーの誰かに告白されたとしたら、自分は一つ返事でイエスを出すだろう。それに今は自分がNanashiの隣にいれているからこそ、被害者側に回っているが、もし自分は前のように変わらずNanashiを推していて、オタクとしてしかNanashiと関わっていなくて、そんな時に全く無名の女性アーティストといきなりデュエットなんて言われたら、黙っていられたのだろうか。もし、自分が逆の立場にいたら、もしかしたら加害者側に回っていたかもしれない。そんな思いが凪紗の中を駆け巡る。デュエットが決まった日、いやそれよりももっともっと前からあった、何か喉につっかえているような感覚の正体が今ようやくわかった気がした。

　数日後、凪紗は例のファミレスへと足を運んでいた。

「まず、新曲を発表する順番についてなんだけど」

と百瀬さんが口を開く。今日は、これからの活動についての話し合いということで、私以外にも、Nanashiの4人とマネージャーの山下さんが集められていた。ちょうど清水さんがシフトの時間帯だったため、自分たちの周りの席にはなるべくお客さんを通さないようにしてもらった。

百瀬さんはぐるっと回りを見渡し、

「えー、みんな知ってると思うから単刀直入に言うと、新曲に対する世間の声が良くないです。まあ、コメント欄とか見てもらうのが1番早いんだけどね、Nanashi初の女性コラボ、それも無名の新人アーティストとのデュエット、結構思い切った事だとは思ってたけど、想像以上に荒れちゃってるんだよね。てことで、少し作戦会議をしようってことなんだけど、どうだろう、奏くん！」

集まった時から重い空気が流れていたことを気遣ってなのか、それともこの話の元凶である、凪紗を気遣ってなのか、百瀬さんは少しふざけた感じで奏に話を振る。それは凪紗にとってありがたいことでもあり、同時にまたしても迷惑を掛けてしまっているという、罪悪感を増大させるものでもあった。

ずっと下を向いて話を聞いていた奏は、顔を上げ、

「俺は別に予定通り進めていいと思う。別に騒いでるのだって今だけだし、曲を聞いたら絶対にわかってもらえる、自信がある。けどあくまでこれは俺の意見。凪紗はどう？」

まさか自分にこんな早い段階で振られると思っていなかった凪紗は驚きながらも、自分の思いを整理する。

まだ自分でもよくわかっていない違和感を、少しずつ言葉を探しながら話す。

「私は、ずっとNanashiが大好きで、モノクロだった私の人生に、色を与えてくれたのが、Nanashiの曲で、だから、うーん、今こうやって一緒にいれてることすらキセキみたいで、、一緒にアーティストとして、同じ作品を作り上げれたことは、もう、まだ信じられないくらいで、、。」

「うん。」

上手くまとまっていない話を、みんなが頷きながら聞いてくれていた。

「だから、私にとっては、イロイロがすごく、すっごく大事な曲で、、。」

口をつぐんでしまった凪紗を見て、奏がフォローに入る。

「じゃあ、凪紗も俺と同じくってことで大丈夫そうだな。」

「ううん、違うの。」

「、、、凪紗？」

凪紗は再びゆっくりと、自分の中にある感情を言葉で紡いでいく。

「私はね、ほんとにイロイロも、Nanashiも大好き。でも、だからこそ、私のせいでみんなの新曲が台無しになるのはいや。みんなの足を引っ張るのもいや。だから、私はもうただのファンに戻るね。」

「、、何言ってんだよ。じゃあ、イロイロは？お前の好きなイロイロはどうなるんだ？」

奏が問い詰める。

「それは、まだ世間の人達はイロイロのイントロしか知らないわけでしょ？じゃあ、私じゃないといけない意味はないよ。」

「、、、は？」

「だって、公開されてるのは、イロイロのイントロとデュエット相手がアーティスト、ナナであることだけでしょ？それもナナはまだ正体不明。今のNanashiの知名度だったら、人気のある、誰もが納得するような人にお願いできるよね？デュエットが決まったら、実はナナはこの人でした！って公開するとか良くない？絶対もっとたくさんの人に聞いて貰えるよ！」

早口で凪紗が奏を説得する。

「いや、じゃなくて！凪紗と俺らが作り上げたイロイロは？倒れるまで頑張ってだろ？」

「そうだけど、、、それはしょうがないし。」

「しょうがない？あの1ヶ月間の頑張りをしょうがないで片付けるの？頑張ってたのだって、凪紗だけじゃないだろ。ずっとお前のボイトレに付きっきりだった島田さんだって、歌いやすいようにキーを合わせたり、アレンジを変えたりしながら、凪紗に合わせて曲を作り上げてきた結も陸も悠貴も、俺だって。」

「っ！それは、、、。」

別に凪紗自身もあの1ヶ月感をなかったことにはしたくない。でも、それ以上に自分がNanashiに迷惑を掛けている事に耐えられなかった。

奏が、続いていた沈黙を打ち破る。

「とにかく、俺は今のまま進めたい。イロイロも録り直さない。」

「ダメだよ！ファンの人達の反応見た？コメント欄だって、ナナへの誹謗中傷と、根拠の無い憶測ばっかり。誰も新曲についてのコメントなんかしてなくて、、。」

「、、お前、コメント見たのか？」

自分たちの警告を凪紗が聞かなかったことを知り、奏が眉をひそめる。

「それは、ごめん。でも私のことだから、事態の把握くらいはするべきだと思ったの。」

「今どうなってるか知りたい時は、メンバーに聞けって言っただろ。、、、なるほどな。だから急に変な提案しだしたのか。」

「違う、それは。確かにコメントは見たけど、でも見る前からずっと違和感はあったの。それで、この前コメントを見て腑に落ちた。私はあくまでファンだから。それ以上関わりを持とうとしては行けなかったの！」

「それだって結局影響されてんじゃねーか。じゃあ凪紗、お前はイロイロだけじゃなくて、俺たちの関係値まで０にしたいって言うのか？」

「そうだよ。だって私が無理やりファンとしての一線を超えて、連絡先交換なんか求めたから、だからいまこんなことになってるんだよ？1人だけ抜け駆けして、Nanashiに近づいて、こんなの不公平だよ！私、奏と一緒に音楽する資格ないよ。」

「ちょっ、いったん2人とも落ち着こうよ。」

ヒートアップしてきた凪紗と奏を止めようと、結が止めに入ろうとしたその時だった。

──ガタッ

「、、、不公平？資格？なんだよ、それ！！」

奏が突然立ち上がり、さらに声を荒らげた。

「別に、俺にとって誰も新曲に目もくれてないことなんか、どうでもいいんだよ。俺の音楽を好きでいてくれるファンは、絶対に認めてくれる。そのくらいイロイロには自信があるんだ。あったんだ、なのに凪紗はそうじゃなかった。アンチも黙らせられるような力がイロイロにあると感じられなかった？そのくらい凪紗にとって軽いものだったのかよ。」

「違う！奏が作ったイロイロは、本当に、すごい力を持った歌だと思ったよ。でも、私がそれを台無しにしてるって、そう思ったの。だからこそ悔しいんだよ。せっかくの奏の力作を、私が関わることで価値を下げてる。」

「だから、俺が言ってんのは凪紗の歌声も含めて、自信があるってこと！だいたいお前が俺らのファンだったかどうかは関係ないだろ。俺がお前の歌声を選んだ、ただそれだけ。俺らが作った曲だ。ファンが作った曲じゃない。誰とドュエットするかも俺らに決める権利があって、その事について色々言われる筋合いはこっちには無いんだよ！俺らのやり方に着いて来れないやつは、俺らのことなんかほっとけばいい！別に誰も文句言ってまで応援しろなんてこと、強要してねーんだよ！それに、」

「おい！奏！やめろ！！公共の場だぞ！！」

周りにいた客の存在など忘れ、表に立つアーティストとして言ってはいけない発言を続ける奏を、悠貴が止める。

平日の午前中だったこともあって客は少なかったが、それでも店内はザワつき、こちらに注目が集まっている。Nanashiの存在に気づいているのか、いないのか、よく分からないが、、今の状況がネットで拡散されたりしたらさらに酷い状況になってしまう。

「ごめんなさい、今日は帰ります。もう1回よく考えて、また後日話したいです。」

凪紗はそうとだけ言い残して、その場を去った。