第14話

「あともうひとつ、顔出しについてなんだけど。」

奏が再び話を始めた。

「ああ、、」

''デュエット''という形であれ、一応曲を出すことには間違いなく、場合によってはMVを出したり、イロイロをライブで披露したりする可能性もある。その時、果たしてデュエット相手''ナナ''として顔を出すべきか否か、それは凪紗にとっても、Nanashiにとっても、そして事務所にとっても大きな問題であった。

顔を出したいか、凪紗自身の答えは元々決まっていた。Noだ。顔を出す事で色々なリスクが伴うことは、素人の凪紗にも分かっていた。それに何より、今までのように普通の生活を送れなくなることは、間違いないだろう。学校では注目の的となり、バイトも続けられるか、だいぶ生活しずらくなる未来がなんとなく見えてしまう。そのリスクを負ってまで顔出しなど、したくはない。

しかしそれは、凪紗個人の都合によるものであり、ビジネスが絡むとそう簡単にはいかない。以前にもこの話が持ち上がったが、その時は制作に関わったスタッフを始めとして百瀬さんまでもが「顔出しするべき」だと言った。特にADの五十嵐さんの押しが強く、顔出しする方向でゴリ押しされてしまった。そんなこんなで色々あり、今の今まで顔出しについての方向性はまとまっていなかったのだ。

「それで、、、やっぱりした方がいいよね。」

凪紗は唾を飲み、奏の答えを待つ。

「いいよ、顔出しなんかしなくて。上の人がなんか言ってるのなんて、目先の利益しか眼中に無いだけなんだから。それに俺らの歌は凪紗が顔出さなくたって、きっと売れるから。」

奏がそんな話題つかなくても、俺らの歌は話題性あるんだよ、と意地悪な笑顔を凪紗に向ける。凪紗自身が顔出しをする事で話題性は高まり、もっと多くの人にNanashiの音楽を知ってもらうきっかけにもなる、そんな事は奏もメンバーも皆が分かっているだろう。

「ありがとう。」

凪紗にはお礼を言うくらいしか、今の彼女を取り巻く様々な思いを伝える手段は無かった。


その後も新曲発表についての話し合いが進んで行った。凪紗の役目はそれほど多くはなく、''ナナ''としてのSNS開設とそのSNSを使っての宣伝活動のみだった。顔出し等についても、奏が百瀬さんを始めとする上の人達に掛け合ってくれたおかげで''ナナ''についての情報はJKである、ということのみを明かし、顔も出さずに活動することが決まった。


それから数日後、「情報解禁!!」というメッセージと共に、イロイロのMVのイントロ部分のみを切りとったプロモーションビデオが、Nanashiの公式SNS、メンバーそれぞれのSNSで公開されていた。それと同時に公式SNS、そしてフォロワーが一際多い奏のSNSでは特に盛り上がりを見せていた。なんと言っても話題の中心は、デュエット相手が誰なのかということだそう。もちろん初のデュエット曲を心待ちにしている人も多かったが、女性アーティストとの絡みは見たくない、という声も少なくなかったようだ。特に、”リアコ”と呼ばれるファンの声が目立ち、そのリアコが特に多い、奏と悠樹のSNSのコメント欄がすごく荒れてしまっているという。元々、SNSなどの流行りに疎くそんなにネットの声を見ることのなかった凪紗だったが、Nanashiのメンバー4人全員から絶対にいまSNSは見ないように、と釘を刺すメールが届いてしまってはいくら興味がないSNSにも好奇心というものが出てきてしまう。

バイトから家に帰るとすぐに凪紗はSNSを開いた。昨日奏が発信した、情報解禁!!という投稿のコメント欄をひらく。凪紗は今までに感じたことの無い、そんな感覚に陥った。

そこには、「だれこいつ」「声きらい」「どうせ南野奏狙い」など予想を遥かに超える、”アンチコメント”がびっしり書いてあった。見たくない、そう思っている心に反して凪紗のスクロールする手は止まらない。人道を逸脱したような悲惨なコメントも中にはあるにも関わらず、何故かそれらのコメントは凪紗の心にすっと入ってくる。もちろん中には、応援コメントのようなものもあった。だが、何百ものポジティブなコメントもたった一つのネガティブなコメントによって、埋もれてしまう。そして何より、こんなネガティブなコメントを、あっさりと受け入れられてしまう自分が、凪紗は何より嫌だった。

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