第13話

episode 6 共犯


あの日、結局凪紗はどうすることも出来ず、奏の家を後にした。自分が何をすべきなのか、そもそもオタクという立場にいながら、推しである奏に何かをするべきなのか、何かが出来るのか、それすら彼女にとっては疑問だった。

───自分にそんな資格はあるのか。

しかしどうもしなければ、奏は死ぬ、それだけが事実として残り続けることは確かだ。凪紗は色々な思いに押しつぶされそうになりながらも、ようやく見つけた生きる希望をもう見失わないようにと、凪紗は自分自身を奮い立たせていた。


───拡張型心筋症

それは指定難病のひとつだった。心臓を動かす筋肉が薄くなり、名前の通り心臓が拡張してしまう病気だ。動悸や呼吸困難が見られ、運動制限もかけられるらしい。奏は確か、ライブで走り回ってたな、そんなことを思い出し、ますます心配の思いは大きくなった。

やはり奏が言っていた通り、難病指定ではあるものの、それほど珍しい病気ではなく、生存率も極端に低い訳では無い。しかしこの病気を治すには心臓移植するしかないため、奏が回復するためにもやはり、移植が必要なようだった。


凪紗は検索をかけ続けていたパソコンを閉じ、一息つく。凪紗がやるべき事は、もはやひとつしか無かった。

自分には、彼と秘密を共有することも、彼の回復の手伝いをする資格がない事は、凪紗自身が1番理解していた。ただ、1ファンとして、凪紗は奏を救うことを決めた。

それは彼女にとって、最大の''推し活''だった。


「今から事務所来れる?」

そんなメールが奏から届き、凪紗はNanashiがいる事務所へ足を運んだ。奏と会うのは、あの日以来、約1ヶ月ぶりだった。顔を合わせて、ちゃんと今まで通りにいられるだろうか、他の人にバレないようにできるだろうか、そんな不安が凪紗を襲う。

───私はどんな顔をしてあったらいい

しかしそんな凪紗の葛藤は無駄だった。指定されていた部屋を開けた途端、ゆいゆいとりっつんが凪紗に駆け寄った。

「凪紗!!大丈夫だった?」

「急に倒れるから心配しちゃったよー。」

「ごめんね!無理させて。あー、なんで倒れる前に気づけなかったんだろ。」

そう、後悔の念を綴るゆいゆい。

「いやいや、結衣さんは悪くないです!そもそも体調管理くらいもう自分でしないといけないのに、落ち度は私にあるので!!」

「もう、絶対むりしちゃダメだよ!そうだ!私とも連絡先交換しよ!」

「いいんですか!?」

「もちろん!あ、あと敬語無しね!呼び方もゆいでいいから、凪紗!!」

こんなやり取りをしている内に凪紗の心にあった不安や緊張はだいぶ薄れていた。


ゆいとLINEを交換し、奥に進むとヘッドフォンをした奏がいた。こちらに気づかないほど、真剣にパソコンを見つめる奏は今までの、あのNanashiの天才ボーカル、南野奏だった。それからしばらくの間、凪紗は少し離れた席に座り、奏を眺めていた。ゆいに「声掛けたら?」とも言われたが、凪紗は奏の仕事が終わるのを待った。

ここ最近で近づき過ぎていたがが故に、この距離感が凪紗にとってなんとも言えない心地良さだった。


しばらくして、奏がふぅと息を吐き、ヘッドフォンをはずした。椅子から立ち上がり後ろを向いた瞬間、凪紗は彼と目が合った。少しの間、奏はピンと来ないようだったが、いつの間にか彼の目は丸くなっていた。

「え!もうこんな時間か!ごめん、仕事してた。」

ここにはもう、あの儚く今にも消えてしまいそうだった奏はいなかった。ただ凪紗には、それが強がっている様にも見えてならなかった。


奏が凪紗を呼んだ理由は、新曲発表についての打ち合わせだった。今回は3曲の新しい歌を徐々に出していくらしい。その中でも、Nanashi初のデュエット曲である''イロイロ''は注目が集まっているという。特に今までNanashiは女性とほとんど絡みがなかったため、相手が誰なのか、という所で物議を醸しているのだそうだ。

「そこでなんだけど、名前どうしようか。凪紗の、アーティストとしての。」

''アーティスト''という響きに驚いた凪紗は首を振った。

「いやいや、そんな私は別に歌手な訳でもないし。」

「でもさすがに本名はまずいと思う、てか俺達が心配だからやめて。」

「でも急に言われてもよく分かんないし、」

「別になんでもいいんだよ。パッと思いついたやつ、言ってみな。」

「うーん……、、ナナ、とか?」

「ナナ?なんか理由ある?」

「私はあくまでも、Nanashiのファン、プレイヤーだから。昔ゲームのプレイヤー名は全部ナナで登録してたこと、思い出して。両親が昔から私の事をナナって呼んでてね、だからなんだけど。Nanashiも奏のゲームのプレイヤー名が名無しだったからで、だからファンダムもプレイヤーなんだよね。だから、私も便乗しようかなって、。どうかな?」

「うん。いいと思う。よし、ナナで行こう。」

……ナナ

Nanashiと同じ、プレイヤー名からとった名前、何だかNanashiの一員になったような気分にさせてくれる名前。だが同時にそれは凪紗にとって、両親との楽しかった頃の思い出から、あの悲劇までもを彷彿とさせるものでもあった。

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