第12話

凪紗は唾を飲む。

───死ぬ、かもしれない。

動悸が早くなる。

「治療とかで、治らないの?それに奏、今は元気だし。」

「この病気、難病指定されてるからね。そう簡単には治んないんだよ。患者さんも多いんだけど、やっぱ心臓だからね、なんとも。後、いま俺が元気なのは、まだ発症してまもないのと、薬飲んでるからかな。」

「いつ、分かったの?」

「5か月前くらい、かな?」

───5ヶ月前。ちょうど私が、奏のことを初めて知った時ぐらい。

奏は少し微笑みながら、話を続ける。

「ちょうどNanashi初のドームライブが終わった頃でね、アリーナツアーも決まった。これからだって時だったんだよね、5ヶ月前って。確か、凪紗がなんか揉めてた時じゃないっけ?どうせ、気づいてるんでしょ?あの時助けたの、俺だって。」

凪紗が首を縦に降ったのを見て、奏が笑う。

「ほんと、不器用だな。連絡先交換する口実にすれば良かったのに、お礼したいからって。正直にファンだって言う奴がどこにいんだよ。」

「じゃあもし私があの時、そうやって言ってたら交換してくれてた?」

「してないなー。面白くないからね、そんな凪紗は。」

ふふっと笑った奏は、もう一度声のトーンを少し下げて話し始めた。

「確かあの1週間後くらいに、俺倒れたんだ。急に胸が苦しくなって、呼吸が出来なくなった。一緒にいた悠貴が救急車呼んで、病院に運ばれた。そこで診断されたんだ、拡張型心筋症ですって。」

「じゃあゆき、悠貴さんはこの事知って……?」

「いや、寝不足だって言って誤魔化した。信じてないっぽいけどね。」

「そっか、じゃあメンバーには倒れたことは、もう?」

メンバーは知っておくべきだ、凪紗は少しほっとした。しかし奏は、そんな凪紗の気も知らず、首を横に振った。

「悠貴は言ってないよ、多分だけどね。幼なじみの勘ってやつかな?それに何より、結と陸が知って騒がないわけないからね。」

「でも、メンバーだけには言っておいた方が」

「ううん、そしたらあいつら止めるでしょ、音楽続けること。多分無理やりにでも入院させると思う。それはダメだ。ようやくNanashiがバンドとして認められ始めたところなんだ。今が1番大事な時なんだよ。こんな時に、俺だけ入院なんかする訳には行かない。自分だけじゃない、あいつらの人生もかかってんだ。俺の病気のせいで、あいつらの夢、壊したくないんだ。」

奏は、今まで見た事ないほど真剣な表情を浮かべていた。その綺麗な目がこちらを見る。

「だから、凪紗?この事は、俺とお前しか知らない。絶対に誰にも言わないで。これだけは、約束。」

───断らないと

そんな思いとは裏腹に、凪紗はいつの間にか頷いていた。彼のその命を懸けた思いに対してなにか言えるほどの勇気も、Nanashiの運命が掛かった選択を背負う覚悟も、あいにく凪紗は持ち合わせていなかった。凪紗は状況を俯瞰する。

───メンバーですら、病気のことを知らない。知ってるのは私だけ。


───私が、助けるんだ。


「その病気を治す方法は、本当にないの?」

奏は少し考え込み、決心したように口を開く。

「方法は、ある。心臓を移植する。実際に拡張型心筋症に疾患する人も、少なくないんだ。でもその7割の人は心臓移植をして、回復しているらしい。」

「なら、」

「でも、ダメなんだ。なんか俺の血液型、特殊らしくてさ、なるべく血液型同じ人から臓器提供受けた方がいいんだけど、滅多に合致しないんだって。手術出来ないわけじゃない。でもそもそも、この血液型での前例がそんなに多くは無いから、成功するかどうかは分からないし、副作用が残るかもしれない。だから、心臓を移植してもらうには、血縁関係にある人か、同じ血液型を持った人から提供してもらうしかないんだ。ほんと、なんなんだろうな。血液型が特殊って」

奏は眉をひそめる。

「心臓移植出来る可能性はだいぶ低いみたい。」

「それでも望みがあるなら、受けた方が。」

「そう、だよね。でもさ、成功するか分からない手術を今受けて、もし死んだら?俺の人生ここで終わり?そんなの絶対に嫌だ。まだ、やり残した事たくさんある、というか、まだ何も出来てない、何も残せてない。それだったら、たとえ長くは生きられなくとも、残された時間で俺はこの世に何かを残したい。幸いまだ、発作も1回しか出てないし、薬で症状も落ち着いてる。診察にはなるべく頻繁に行くようにして、医者には見てもらってる、今のところは運動制限も厳しくはかかってない。ライブもできた、歌えた、曲も作れる、普通に、生活出来る。この状況を自分で壊して、また同じように生活出来るのか、俺はそれが、怖い。とてつもなく、怖いんだ。」

奏の手が微かに震える。


人は誰しも必ずいつかは死ぬ。それが分かっているから、人は何かを成し遂げることが出来るのだと思う。タイムリミットがあるからこそ、死ぬまでに何かこの世にいた証を残したいと思うからこそ、私たち人間は努力できるのだと思う。ただ愚かな事に、多くの人がタイムリミットを、定年退職したもっとあと、90歳付近だと思い込んでいる。自分のタイムリミットがいつ来るかなど誰にも分かりはしないのに。私達は、''明日''という言葉を多用し、まだ自分には時間が残されている、と信じている。

''明日''は来ないかもしれないのに。


だから、私自身も考えたことがなかった。

''明日''推しがいなくなるかもしれない世界線など。

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