青い海に溺れて
藤泉都理
青い海に溺れて
青い海に溺れるようだった。
佇んでいるのに。
この青い秋桜畑に。
ただ、佇んでいるだけなのに。
溺れるようだった。
青い、あおい、海に。
(青い?)
異変に気づく。
おかしい。
確かに、秋桜畑に遊びに来ていた。
友達と一緒に自転車でここまで。
毎年毎年、幼い頃からずっと、高校生の今でも。
恒例行事になっていたのだ。
何故か。
秋桜が満開になる頃に観に行かなければ落ち着かないのだ。
けれど。青い秋桜なんて、見た事がない。
白、桃、赤、黒、橙、黄などの色は見た事はあるが、青、なんて。
いや、品種改良に成功して、今年からこの秋桜畑に植えられる事になっただけか。
そうだ。別に、驚く事じゃないだろう。
青色の薔薇だってできたんだ。
秋桜だって青色ができたっておかしくないだろう。
おかしくはないが、青一色の秋桜畑は、おかしく、ないか。
それに、友達はどこへ消えたんだ。
友達が見当たらない。
「おい」
「あ。おい。びっくりさせんな。急にいなくなるなよな」
肩を叩かれて振り返った先に、友達がいて半眼した。
「いや、おまえこそ。あんな土砂降りの中、佇んでんじゃねえよ。あっちの屋根の下に逃げるだろーが」
「は?雨?雨なんか降ってないだろ。ほら。服が濡れてないしよ」
触ってみても、まったくこれっぽっちも濡れてはいなかった。
友達にも服を触ってもらったら、何故か真面目な顔を向けられた。
「おまえ」
「何だよ?」
「俺を驚かせる為に早着替えの術を獲得したか?」
「そうそう。おまえを驚かせる為に。って、誰がそんな術を獲得するか」
「じゃあ、全身沸騰の術で服を乾燥させたか。もしくは、風遁の術か」
「してないし」
「だって、俺の服触ってみろよ。びしょびしょだろうが」
「あそこの噴水に飛び込んだんだろう。まだ暑いからって、もう俺たちも高校生だぞ」
「まだ、高校生だろうが。あ~あ。やだねえ。おとなぶっちゃって。そんなに急いで年を取るなよ。どうせ勝手に年を取ってくんだからよ」
「おまえはのんきすぎるんだよ」
「はいはい。のんきな俺に付き合ってもらって、秋桜畑に来て頂いてありがとうございます。ほら。あそこの売店でサイダー飲もうぜ」
友達に手首を握られて、引っ張られて、秋桜畑を突っ切る。
(っち。ほんとに。のんきなやつだよ。おまえは)
青い海に溺れるようだった。
広大過ぎて、為すすべがない。
おまえに溺れてゆくしかない。
そう諦めさせたと思ったら、こうやって、気紛れに引っ張って、海と空の狭間へと連れ出す。
不自由と自由を味あわせて、味わわせる。
(本当に、やっかいな)
秋桜畑から完全に出ようとする、その瞬間。
不思議と涙が流れ落ちた。
ひとすじ。
流れ落ちた涙が一輪の黄色の秋桜に触れて、瞬く間に青色に変えさせた。ように見えた。
(黄色の秋桜の花言葉は、幼い恋心、か)
幼いままにさせておくのか。
青い海に。
溺れたままにするのか。
それとも。
「ったく。来年は受験なんだ。面倒な事はさっさと終わらせてやる」
「おう。なんだかよくわからねえが、頑張れよ」
売店前に置いてあるベンチに座って、サイダーをのんきに飲む友達を見ながら、誓った。
近い内に、こいつの家に急襲する。
抱えきれないくらいの花束を持って、告白するのだ。
花は、青い秋桜。
青い海に溺れさせるような、青い秋桜の花束だ。
(2023.9.1)
青い海に溺れて 藤泉都理 @fujitori
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