fry away!

鐘古こよみ

【三題噺 #35】「気配」「城」「フライ」

 その古い城は緑の樹々に埋もれており、鐘楼のある高い塔だけが、かろうじて空に突き出していた。

 かつては周囲に町や村が広がっていたはずだが、今となっては、絡み合う枝葉や植物の根に呑まれて、当時の暮らしを偲ばせるものは何も見えない。


 地球全体がそんな状態だった。

 一時は、赤茶けた汚いボールにしか見えなかった惑星が、ここまで緑を回復したのは、植民星への全人類移住計画を実行に移した、当時の地球政府のお陰だ。


 今、そんな大地の上空を、一機の小型宇宙船が飛んでいた。

 大気を汚すことのない、クリーンなエンジンを搭載したその宇宙船には、二人の環境調査員が乗っていた。地球がどんな状態になっているか、植民星政府の命令で、定期的に確認しているのだ。


 今回、二人が訪れたのは、中央ヨーロッパと呼ばれていた地域。

 緑の海から突き出す鐘楼を見つけた二人は、着陸してみることにした。これほど緑ばかりが広がる光景を見せつけられると、人類の痕跡が少し恋しくなるものだ。

 宇宙船を鐘楼の近くに停め、反重力装置を使って、ふわりふわりと降り立った。


 驚いたのは、古くからその城に棲みついている幽霊たちである。


 もう何年も、いや何百年も、ひょっとしたら何千年も、当城を訪れる人間などいなかったのに。

 太古の昔には「幽霊が出る」と持て囃され、観光客が日に数えきれないほど訪れ、城の内外に最先端の保存技術を施されて、大事に大事にされてきた。

 ならばと大量の幽霊を雇い入れ、恐怖体験の演出に凝り、進化し続けるカメラに映る方法を仲間内で研究し合ったのも、今となっては良い思い出。


 全人類が地球を去ってからというもの、彼らは死にがいを無くし、半ば自暴自棄となり、幽霊らしからぬ生き生きとした毎日を送るようになっていた。

 具体的には、いなくなった人間の代わりに畑を耕し、家畜を育て、森の手入れをして、時には川釣りなどを楽しみ、季節折々の自然の恵みをふんだんに使った料理に舌鼓を打つようになったのだ。


 そんな自堕落な毎日を送っているところへ、突然の人間たち。


 彼らは慌てふためいた。かつて世界屈指の心霊スポットとして名を馳せた自分たちのプライドにかけて、訪れた人間には必ずや、恐怖体験をさせなければならぬ。


「しっかりするんだ!」


 頭の上に乗っていた自分の生首を急いで小脇に抱え直した紳士風の幽霊が、不安そうな顔つきで集まってきた仲間たちを見回し、叱咤激励した。


「昔を思い出せ。定番でいいんだ。玄関ホールへ足を踏み入れる前から、恐怖体験は始まっている。さあ、最初の担当は誰だった?」

「たぶん、風もないのに勝手に開閉する、玄関扉……」

「わかっているじゃないか。来たぞ。配置につけ!」


 まさか幽霊城などとは露知らず、二人の環境調査員たちは宇宙服を脱いだこざっぱりした格好で、興味深そうに前庭に足を踏み入れた。

 ハーブや果菜、根菜、品種改良された薔薇などが整然と区画分けされて植え付けられているのを見て、揃って感心したような声を上げる。


「へえ、素晴らしいな。まだ自動農業システムが稼働していると見える」

「たぶん、どこかに作業用ロボットが格納されているんだろう。そういう単純な仕組みの方が、驚くほど長持ちだったりするんだ。あんまり高機能なやつはダメさ」


 最新の宇宙船が高機能だけれどもエネルギー消費が高く、しかもシステムが複雑に絡み合い過ぎていて、一部が故障すると全体が使えなくなる……などと愚痴を漏らしながら、彼らは城の正面口へ向かった。


 重厚な玄関扉がバタンバタンと、風も無いのに勝手に開閉している。


「さすがに電気系統はイカれていると見える」

「だが、大したもんだ。少し直せば十分に使えそうじゃないか」


 挟まれないよう気を付けて玄関ホールへ身を滑り込ませると、中は暗かった。

 それなのに、奥の方に何かの気配がする。やがて、ぼんやりと白い人影が浮かんで見えた。裾の長い白色のドレスを着た貴婦人の、後ろ姿だった。

 ゆっくりと振り向いた彼女の顔は、頬の肉が裂けて内部の歯が剥き出しになった恐ろしいものだ。胸元には赤い鮮血が飛び散っている。


「いかんな。あのホログラムは、画像のレイヤーがすっかり崩れている」

「案内役のAIなのだろうが、期待できそうにないな。勝手に見て回るとしよう」


 眼球内に埋め込まれた暗視装置の機能をオンにして、二人は先へ進んだ。


「随分と掃除が行き届いていて、長年放置されていたとは思えないほど綺麗だ。中でも作業用ロボットがしっかり機能しているらしい」

「おや、噂をすれば、だ」


 二階の廊下の奥からガシャン、ガシャン、と重厚な音が近付いてきた。見れば、大昔のヨーロッパで王侯貴族達が身に着けていたと思しき全身甲冑が、歩いてこちらへ向かってくる。


「なるほど。建物の外観が城だから、雰囲気に合わせているんだな」

「ここの持ち主は相当の趣味人だったようだ。いちいち遊び心がある」


 見知らぬ家主を褒め称えながら、二人は目についた部屋に入った。どうも子供部屋のようだ。木馬や小さなベッド、ドールハウスやテディベアなんかが置いてある。


 突然、窓ガラスがピシリと音を立てた。次いで天井からドンドンと足を踏み鳴らすような音。勝手に部屋のドアが閉まり、木馬が高速で部屋中を走り回り始めた。壁際に並んでいたテディベアや人形たちがふわりと浮き上がり、二人を目掛けて突っ込んでくる。環境調査員たちは急いで部屋の扉を開け、廊下へ飛び出した。


「まったく危険極まりない。反重力遊びはいつでも子供に人気だが、この部屋の装置は完全に壊れている。あの音は機械が故障している証拠だ」

「確かに危険だが、人感センサーが今でも反応するところは素直に感心するよ」


 廊下を奥へ進んだところに、たくさんの肖像画が掛けられていた。見上げると、絵の中の人物と目が合う。どの絵を見上げても、全てと目が合ってしまう。


「すごいな。どう見ても古い絵画だが、特殊なレンズ構造のディスプレイを使っている。三六〇度どこから見ても正面に見える、あのお馴染みのやつだ」

「このカモフラージュはなかなかのものだな。古い時代の絵画にしか見えないぞ」


 その頃、城の一角では幽霊たちが集まっていた。

 青白い顔を寄せ合って、突然訪れた珍客たちの奇妙な態度に戸惑っている。


「一体、どういうことなんだ」

「まるで怖がりも、驚きもしないぞ」

「もしかして俺たちはもう、時代遅れなのかなあ」

「長い年月の間に幽霊としての勘が、すっかり鈍ってしまったのかもしれない……」

「やめろやめろ、湿っぽいことを!」


 肩を落として溜息をつく仲間たちの様子に、鼻息荒く拳を振り上げたのは、例の生首を小脇に抱えた紳士だった。


「私がやってやる。首のない体を見たら、誰だって悲鳴を上げるに決まっているんだ。どこだ、奴らは今、どこにいる!?」

「食堂へ向かっています。まずいことに、ちょうど食事の準備をしたところで……」


 複数体いる動く甲冑のうち、エプロンを身に着けた者が困ったように言った。


「せっかく作ったのに、あの人たち、食べてしまいませんかねえ」

「今日のメニューはなんだね?」

「ニジマスのフライです。朝、小ぶりのがたくさん釣れたので、丸ごと揚げました」

「それはいかん! 皆の好物じゃないか!」


 こうなったら数で勝負とばかり、全員で急いで食堂へ向かった時だ。


 城の天井を突き抜けんばかりの悲鳴が、二人分聞こえてきた。

 バタンと食堂の扉が開き、人間たちが飛び出してくる。

 呆気に取られて立ち止まった幽霊の集団には目もくれず、彼らは玄関ホールを駆け抜けて引きちぎるように扉を開け、一目散に外へと逃げ出してしまった。


「ど、どうしたんだ……?」

 後には唖然とする幽霊たちが残されるばかり。


 逃げ出した環境調査員たちは、大急ぎで宇宙船に戻ると、宇宙服を手早く身に纏い、必死の形相でエンジンを点火した。

 ものすごい勢いで出発し、緑の合間から覗く鐘楼が見えなくなった頃、ようやく額の汗を拭ってため息をつく。

 そして顔を見合わせ、互いの表情に残る恐怖を確認し合った。


「いや、恐ろしいものを見たな」

「あんなに悲鳴を上げたのは初めてだ」

「なんて残酷なんだ。命ある魚を生きた姿のままあんな風に……」

「恐ろしい。地球人が野蛮だった頃のとんでもない仕打ちだ」

「自動料理システムがまだ作動しているのだろうな」

「ああ。自動で川から釣り上げ、料理して提供し、片付けるシステムだろう。可哀想な川魚を保護してあげた方がいいのだろうが……」

「我々はただの環境調査員だ。そこまでの介入は許されていない」

「そうだな。せいぜい上に報告するくらいか」

「あんな身の毛もよだつ体験をする羽目になるとは……」

「着陸したのが運の尽きだった。あんな恐ろしい城には、もう二度と行くまい」


 植民星の食料は、植物由来の原料や人工培養肉によって、完全な栄養を摂れるものが工場で作られている。

 哺乳動物はもちろん、虫や魚や鳥など、地球から連れてこられた生物の全てが、人間と同じ命を持つ仲間として尊重され、大切に扱われる時代になっていた。


 魚を丸ごとフライにした料理は、彼らにとって、仲間をフライにされた恐怖でしかなかったのだ。



<了>

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