後編
そして、注文より2日後、宅配便で届いた。
届いたそれは、小さな箱であった。しかも軽い。
手のひらに乗る大きさと軽さ。
こんな物が車の防犯装置だと?
俺は疑問に感じつつも、その箱を開ける。
中にあったのは謎の物体と、取扱説明書だ。
その物体を手に掴んでみると、その正体はすぐに知れた。
「これ、コルクだ。コルク栓だ。でも、でかいな、おい」
コルクと言うと、ワインの栓を思い浮かべるが、こいつの用途は広い。
弾力性に富み、空気を程よく含み、柔らかい。
緩衝材としてはなかなかの素材だ。
「ん~、あと、あれだな。一時コルク製のバットが問題になっていたっけか?」
反発係数が優秀なため、これを芯に詰めたバットは飛距離が伸びるんだとか。
それはさすがにダメだろうということで、現在、コルク使用のバットは使用禁止になっていたはずだ。
そんなコルクを、どうしようというのか?
俺は取説に目を落とすと、とんでもない事が書いてあった。
「これを“排気口”に詰めましょう。抜かずにエンジンをかけると、排気ガスが車内に充満します。あとは分かるな?」
そして、俺は取説をくしゃくしゃにして床に叩き付けた。
「詐欺じゃねえか、これ!? ……あ、いや、でも、嘘はついていないよな」
そう、冷静に考えれば、嘘などついてはいないのだ。
商品はあくまで車の防犯装置。そういう意味においては、商品名および用途に偽りなどない。
「穴を閉じ、ついでに人生も閉じようってか!?」
商品名『CLOSE』とはよく言ったものだ。
ただ、やり方が恐ろしい程に“攻撃的”なだけだ。
「要はあれだよな? 大雪なんかで車が立ち往生して、そのままエンジンかけて待機していると、排気口に雪が積もって塞いじゃって、一酸化炭素中毒になるってやつ」
冬場のニュースでたまに見かけるやつだ。
あれを人為的に再現しようと言うのが、この商品のコンセプトだ。
一酸化炭素は有毒だ。有毒だからこそ排気する。当然のことだ。
だが、その吐き出し口をこの大きなコルク栓で塞げばどうなるのか?
答えは“死”が待っている。それくらい一酸化炭素中毒は危険なのだ。
コルク栓の事に気付かず、エンジンをかければどうなるのか、自明の話だ。
行き場のない排気ガスは車内に舞い戻り、中にいる人を死に追いやる。
随分と攻撃的な防犯装置だ。
「そうだよな。レビューも“嘘”は付いていないよな」
こちらの方にも嘘はない。
画期的な装置だの、車泥棒もイチコロだのと述べていたが、どれも本当の事だ。
おバカな方向に画期的で、知らずにエンジンをかければ間違いなくイチコロ。
嘘はないから、文句は言えない。
文句を言えば、こちらの恥を晒すことになりかねない。
目隠し状態で商品を購入し、“車の防犯装置”という仕事は斜め上の方向だが、ちゃんとこなしている。
これでは抗議を上げられない。却って恥をかきかねない。
「そういうことか。あの情報の打ち込み。あれで判断しているのか。EV車、増えてるもんな、最近。内燃機関じゃない奴は、あれで弾くんだな」
閉じれる口がなければ、この図々しいコルク栓の出番なし。
そういう意味では、良心的と言えるかもしれない。この商品は。
考えれば考えるほど、なんだかニヤけてくる。
「だから高評価なレビューばかりなのか。一笑を得るためのおバカ商品というわけか」
本当の事しか書かないからこその、☆5レビューなのだ。
おまけに価格が7980円という、実に絶妙なライン上の価格設定。
クーリングオフなんぞ面倒臭いし、そうまでして取り返したいと言う金額でもないのがミソだ。
あまり安すぎると、却って胡散臭さが増す。
逆に高額ならば必死で取り返そうとするかもしれないが、そこまで目くじら立てる金額でもないので、笑っておしまい。
そう、このレビューを見た者を、自分と同じ目に合わせてやろうと言う“悪戯心”に溢れる。そんな感情がレビュー欄にはびっしりと言うわけだ。
少なくとも、俺はそう感じた。
ならば乗ろう。いや、この場合は呪う、か。
自分もまた、そのバカなお祭りに参加するため、マウスとキーボードに手を伸ばす。
「評価、☆5をポチッとな。んで、レビューは『説明不要、とにかく騙されたと思って買ってみよう。今までにない防犯装置だ。盗人をあの世送りだぜ!』ってな感じでいいかな」
仲間が増えますようにとお祈りしながら、書き込み確認のボタンを俺は押す。
釣れろ釣れろとニヤけながら。
~ 終 ~
☆5レビューだらけの防犯装置 夢神 蒼茫 @neginegigunsou
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