第4話 一生の中に
俺は、未来人と名乗る男が何をしたいのか分からず、今度は半分は動揺、もう半分はウンザリしてきた。
「冗談? 証拠は? 地球に危機が迫っているのなら、テレビではその放送ばっかりだろ?」
男は平然とした顔で
「だから、未来人が止めにきたんだよ。この時代の技術じゃ止められない。考えも固くて、古臭い。俺は、俺がいなくても地球滅亡を止めれるんでいなくて結構って仲間に言われたから、ここにいるんだよ。危機的状況だけど、未来人はあっさりしてるのさ」
俺の思考回路はもうとっくにショートしていて、何も言い返す気にならなかったのを覚えている。
「お前、本当に俺と年が近いか? 考え方老けてないか? むしろ俺より年上なんじゃないかって思うんだけど」
「はぁ……考えが大人とは、よく言われます」と答えた。
続けて、俺は質問した。
「まぁ、本気で愛された人も、愛した人もいないわけだし、残す言葉もないですけど」
それより、止められるのであれば、別にいいと思った。訊きたいことがあったので、未来人に近づき訊く。
「未来の恋愛ってどんなもんなんですか?」
未来人は、少し考えて
「ある程度、自由だよ。憲法破ったり、自由を奪ったり、人を殺したりしなければ、自由だよ」
「愛すると自由ってイコールなんですか?」
押し気味に言った。
未来人は天井を見て、今度は床に寝転がった。
「でも、独占欲ある人だって未来にはいる。不安なんじゃない?自分の大切な人に虫がつくのが」
虫。と言う言葉が少し気に障ったのだが、俺は黙って聞いていた
「未来では同性婚認められてるから、俺の友達も、好きな人と付き合ってるし」
そんな情報を簡単に知ってしまった自分が、同性愛で悩んでいる人に対して申し訳なく思った。
でも、未来の恋愛ってどんなもんなんだろう……。そう考えながらまた考える。
未来人は、続けて口を開く。
「未来はさ……今と違って自由なんだよ。だから、同性愛で結婚して子供授かる奴なんて珍しくない」
「え?子供?」
「メタバースでだよ。後は養子縁組でとか」
俺は男の隣に寝転がる。テレビでは、アナウンサーたちの笑い声が聞こえる。
「そうしたら、本気で人を愛せるのでしょうか」
自分の声が冷たすぎた。
男は、俺の方を向いて
「本気で人を愛せない人は、きっと誰を好きになろうとも本気にはなれないよ」と微笑んだ。
俺は少し泣きそうになりながら、「そうですね」と答えたのだ。
俺は大きくため息を吐いて
「本当なら、今日地球が終わる日なんですね」
頭を掻いた。
「過去の人間にはこのことは秘密なんだよ。お偉いさんたちは気付かないで、本当なら地球は今日滅ぶ。強がってるけど、人間なんて弱いよ」
「弱い……」
俺は作文用紙が置いてある机の方を寝転びながら見た。
「地球が滅ぶ最後の日に、みんな明日の予定を立てたりしてるのが不思議です」
空は夕空で、綺麗な夕日だった。未来は夜なのだろうかとぼんやり思いながら、テレビから視線をはずした。
未来人の口が開く。俺はテレビを見るのに夢中で何も聞いていないふりをした
「今日地球が滅ぶって言われたらさ、普通何がしたい?」
俺は少し考えたふりをして、それから未来人を見ずにゆっくり答えた。
「本気で愛してると最後に電話します。そういう人、いないけど」
男は笑って
「なんで? じゃ、本気で愛すってなんだよ? 答えられるか?」
カラスの鳴き声がする。そろそろ夜が来るなとなんとなく感じたのと同時に、テレビも夕方のニュースからアニメ番組に変わり、カラスの声もテレビの音にかき消された。
「俺はまだ本気で誰かを愛したり、愛されたりしてないです」
男は黙って聞いている。
少し考えたような顔をしていて、俺はその顔を横目で見た後テレビを見る。
猫型ロボットの話が始まったところだ。猫を好きな俺は、すぐに猫型ロボットにも夢中になる。
「最後の晩餐って知ってるか?」
未来人が突然聞いてきた。天井を見ながら頷く。
「キリスト聖書に登場する、イエス・キリストが、最後の晩餐を弟子と共に摂った場面を描いたもの」
俺は、AIのように、同じ声のトーン且つ感情が皆無な声で言う。
「裏切り者の名前は?」
「ユダだったと思うけど」
未来人は満足した顔で俺を見て
「愛のお話に裏切りは付き物みたいだね。そうじゃなくても、ずっと昔の戦国時代だって、慕っていた武将を家臣が裏切ったりさ。愛していたから嘘を吐くってのもあるらしい」
夏風が窓を揺らす。
「裏切りは愛情表現の一つかもしれないね」と男は続けた。
「もう、分かりません」
「愛するには、解がないね」
俺は、そのさりげない言葉で、重い塊のようなものが消えていくような気がした。
理由は分からなかった。
最後の日。自分のために生きる人、誰かと一緒に過ごす人、仕事に励む人、勉強する人様々だが、どんな日であっても自分のために一日を使いたい。
「作文、書けそうだよ」
未来人は何を言ってるか分からないと言った顔でこちらを見てきた。
「ところで、未来人の名前は?なんで、俺には地球の最後の日のこと言っちゃったんだよ」
未来人は微笑んで
「俺は、ジャック。健司に愛された人の子孫。ちょっとした気まぐれ」
と言った。俺は少し照れて「ありがとう……」と小さくお礼を言う。男は、そんな俺の言葉にも優しく微笑んでくれた。
脆い存在でも、幸せになりたい。産まれてから最後の日までの一生の中に、本気で愛して、愛されたい人がいるのはどれだけ幸福か。
そう考えてはいたけれど、そんな相手がいなかった。
未来人は立ち上がり「じゃあね」と言って俺に軽く手を振った後、消えた。
「変な奴」
俺は、不思議とそう呟いた。
俺は作文を書いた。
喜んだ顔を見たい、助けた人が、ファンが、仲間が、友達が。
本気で愛す前に、目の前の人を愛してあげたい、本気で人を愛したい。
ロマンチストかもしれない。それでも、本気で誰かを愛するって幸せなんだろうなと思った。
テレビのアニメの音声で、眼鏡の男の子が花屋さんに質問していた。
「薔薇の花束は、本数で違う言葉があるんですか?」
花屋の女の人の声がする。
「そうですよ」
それから、一本から百本まで、説明されていた。
俺は、作文のタイトルに『四十本の薔薇の花束と幸せ』
と、タイトルを付けた。
明日は、花屋に行って花束を買おう。
この部屋に花瓶なんてないから、花瓶も買いに行こう。
俺は、明日の予定を立てた。
明日の自分に、四十本の薔薇の花束と幸せも 千桐加蓮 @karan21040829
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