ばらいろのじんせい

狐照

ばらいろのじんせい

いつも目玉が曇ってて、死んだ魚の目のようだと。

どんよりもんどりのたうちまわって。

鱗がその辺に散らばって。

濁った目で、生きている。

そう、感じ始めると止められなかった。


目を開け音楽プレイヤーを停止すると、一気に周囲の音が押し寄せてきた。

男子は俺と同じブレザー姿。

女子は、違いはスカートぐらいなもんで。

制服を着ていると、風景の一部になった気がする。

虚ろに、なる。

今年俺は、そしてこの教室のやつらはみな高三になった。

来年は高校を卒業して、新しい学校やらなんやらに追われる。

正直俺はやりたいことも、夢も見つけられなくて。

ただただ虚ろになっていた。

そう、目玉が死んだ魚どーこーの件のせいで。

笑って時間を潰しているクラスのやつらは、こんな気分になったりすんのかどうか。

食いつぶすだけの時間に辟易して。

俺は机に突っ伏した。

早くチャイムが鳴ればいい。

やけに化粧臭い女子の笑い声が、腹に響いた。


いつも目玉が曇って、腐乱死体にも成りきれず。

この世をただ曇りがちな目で見つめて。

地面に横たわって。

もんどりもどんよりものたうちもできずに。

かさかさに乾いた鱗を身に纏って。

生きている。


この感情に名前を付けて欲しくて、俺はつい吐露していた。

相手は親しすぎて、たまに好きかもなんて血迷った感情を持たせる同級生男子だ。

あらゆる意味で迷惑だな、俺は。

夕暮れに侵略された、俺とそいつだけがいる教室。

雰囲気はいいけれど、話題は最低で。

今の話なしにして欲しくなった。

どっか寄ろうぜ、時間まだあんだろ?

そう、言いかけて、


「薔薇色の人生ねー…」


話をかなり飛躍させられた。


「そこまでは、」


目玉が死んだ魚みたいでってだけで、薔薇色を求めているわけでは。

ないと、強く否定できない。


「な、こーしたらど?」


「え」


唇に暖かいものが触れてきた。

目が死んでしまうのが嫌で、できることなら薔薇色が良い。

そう、思っていたのかもしれない。

言われて気付いて途方に暮れていた。

だから不意に声を掛けられ素直に顔を上げた。

そこでキスされた。

離れていく温もりで、展開が読めなくなってきた。

辺りが妙に輝き出す。

自分が血の通っている生き物だと、突きつけるように心臓が囃し立てる。


「見える?」


薔薇色。

意識しないまま、紡ぐ。


「見、える」


満足そうに歯を見せられた。

見えるんだから仕方がない。

薔薇色に見える。

星のようなものも見える。

体があるのかも謎になる。

ただ血が巡り回るのが分かる。


「なんで…なんで?」


首をひねって辺りをくまなく見回しても、夕暮れが切れて暗くなりつつある教室が眩しく映る。

そしてこいつが、輝いて見える。


「なんで?おま、まじで?」


てんぱりすぎて、この感情がなんなのか、本当に名前を明確にしてほしくて。

思わず縋ってしまった。


「これからも、見たい?」


月とか太陽とかそんなもので構成されているのか、きらきらしながら微笑まれて。


「見たい、よな?」


聞かれたらもう素直に肯定するしか俺には出来なかった。


「う…ん」


そうして手を取られ、再びキスをされ。


「じゃ、これからずっと一緒にいよーな」


そうすれば、目玉は輝きすべて薔薇色。

虚ろを打破して、鱗に潤いを与え。

のたうち回る前に掬い上げられ、綺麗な水槽へ。

頷くしかできない。

この完全な薔薇色の前では。

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ばらいろのじんせい 狐照 @foxteria

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