菜の花
鋏池 穏美
菜の花
これからご覧頂く映像は、とある女性の
──九月一日、夜
「ふふふん、ふふん、ふふふんふーん」
『ちょっとまたその鼻歌ー? 今日もずっとふんふんしてたじゃーん』
下着姿の女性がビデオ通話機能を使用し、通話をしている姿が映る。おそらく間取りはワンルームマンションのようで、天井から俯瞰したような映像が部屋の全景を映し出していた。
「えー? そうだっけ?」
『なんの歌なの? 今日は実習でバタバタしてたじゃん? 聞きそびれちゃって』
「あー、今日の実習担当は鬼ババアだったしねー。この鼻歌はねぇー、菜の花、菜の芽、めんけぇじゃー、って……」
ピンポーン──
「あー! そうだ! 荷物届くんだった! はーい! 今開けまーす!」
女性がインターホンを確認し、軽い調子での返事。
『ちょ、ちょっと
「あ、ありがと!」
朋花と呼ばれた女性が電話相手にそう言われ、いそいそと服を着る。
『あれ? 朋花……その肩の痣どうしたの?』
「え? 痣? どこどこ?」
『前からは見えないよ! 肩の後ろの方!』
ピンポーン──と、再度インターホンの音。
「は、はーい! 今開けまーす! ご、ごめん
『えー? 絶対やらないで一人で
「きょ、今日はしないよ! あっちで
『おーおー、惚気けちゃってー。そういえば鷹臣君には配信のことまだバレてない?』
「顔が映らないようにしてたからバレて……ないはず! 部屋にも呼んでないし大丈夫かな? それにもう配信はやめたしねー」
『やめたのにカメラはそのままなの? 確かまだあったよね?』
「電源は切ってるよ! もしかしたらまたお金欲しくなるかもしれないから、そのままにしてる。簡単に稼げるしさー。あっ! 玄関ノックされた! ごめん! 切るね!」
『はーい。また明日ねー』
朋花が電話を切った後で荷物を受け取り、服を脱いでベッドへと飛び込む。ここで画面がベッドを映す視点へと切り替わり、下着姿の朋花が鮮明に映し出された。
「ふふふん、ふふん、ふふふんふーん、ようやく届いたー」
届いた小さめの箱を開け、中から香水だろうか? 小瓶を取り出し、首筋に噴霧する。
「……あれ? 匂いが違う……? え? 不良品? ……信じらんない!」
そう言って香水の瓶を放り投げ、電話をベッドの頭側、ベッドボードに固定してビデオ通話のボタンを押す。
プルルル──
プルルル──
「……鷹臣君忙しいのかな? 帰ってきてるはずだけど……あー! レポートやりたくない! 鷹臣君に会いたい! もう!」
朋花はそう言うと、自身の下腹部に指を当ててまさぐり……
「んん……レポートは……あ……ん……いいよ……ね……」
ひとしきり自身を慰めた朋花が、そのままベッドで眠りにつく。電気を消す瞬間──
部屋の隅で何かが揺らめいた気がした。
その後、電気が消えて真っ暗になった画面には、古びた家──のようなものがうっすらと映っていた。
──九月二日、朝
「ん……もう朝……? うぅ……目が霞む……視力落ちたかなぁ……」
朋花が目を覚まし、眠そうに頭をガシガシと掻いているのだが……
ふと搔くのをやめて手を握りこみ、目の前に持ってくる。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! なにこれ!!」
手にはごっそりと抜けた髪の毛。枕元にも大量の髪の毛が抜け落ちていた。
「い、痛っ!!」
突然朋花が叫び、左肩を触る。左肩はどす黒く変色していた。さらに……
「ここ……も……い、痛っ!」
股の付け根、鼠径部もどす黒く変色している。
「え……なに……? 病気……とか? 目が霞むのも……? そ、そうだ! 病院! 病院に電話!」
プルルル──
そう叫んだところで、ベッドボードに固定していた電話が着信画面に切り替わり、朋花が慌ててビデオ通話ボタンを押す。
「た、鷹臣君! み、見てよこ……」
『朋花! 正直に答えて欲しいことがある!』
「え? な、何……? なんでそんなに怒……」
『裏の林に行きましたか!? 空き家に入りましたか!?』
「え? 空き家……? 家ならあったけど……」
『え……? 空き家じゃない? 空き家じゃなかったんですか!?』
「う、うん……普通に人が住んでる家だったよ? ……で、でも! 用事があるからって出かけた鷹臣君が悪いんだよ! あんな田舎で一人にされてもヒマだよ!」
『何を見ました……? いや……入ったんですか?』
「え? 裏の家のこと?」
『とにかく答えてください!! 入ったんですか!?』
「う、うん。女の子が中から呼んでくれたからヒマだったし……」
『お、女の子!?』
「う、うん……よく覚えてないけど……たぶん女の子……かな? あれ……なんでちゃんと覚えてないんだろ……」
『その女の子……何か歌っていませんでしたか?』
「う、うん。菜の花、菜の芽、めんけぇじゃー、和の花、和の芽、みったぐねぇーって。お花の……歌……?」
『……変なことを聞きますよ?
「え……? な、なんでそんなこと聞くの……?」
『そう言うということは……あるんですね?』
「な、ないよ! ないない!!」
『だから正直に答えてくれませんか!? それによっては間に合うかもしれないんです! 間違いなら
「間に合う……? な、なんのこと言ってるの……?」
『どこか体に異変はありませんか?』
「あ、あるけど……さっきから怖いよ鷹臣君……お、怒んないで……?」
『朋花のために聞いているんです! どこですか!? どこがおかしいんですか!?』
「か、肩と……股のとこ。あと……なんだか目も霞むし、髪もいっぱい抜けた……あれ……? もしかして……」
朋花がベッドボードの棚からいつも使っているボディクリームを手に取り、蓋を開ける。
「や、やっぱりだ! 昨日の香水! 不良品じゃなくて私の鼻が変なんだ! や、やっぱり病気……? あれ……? 鷹臣君? 鷹臣君!?」
朋花が電話に目線を移すと、すでに電話は切れていた。室内も何故か薄暗くなり……
「な、何!? なんなの!? え? い、今って朝だよね!? 鷹臣君!? え? ちょっと鷹臣君!!」
薄暗い部屋の中、パニックになった朋花が電話を持ったままウロウロと歩き回る。
「と、とにかく外! 外に出な……」
朋花がそう叫んだところで動きが止まり、部屋の隅をじっと見る。
「え……? 誰か……いる……?」
朋花の視線の先、ゆらゆらと揺らめく影。
その影が掠れた声であの歌を歌う。
歌を歌い、ゆらゆらと──
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!! い、痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! や、やめ! ああぎゃっ! うぅ……あ……いた……い……ああ……や、やめ……いいぃぃぃぃぃぃぃ痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……」
薄暗い映像の中、朋花の絶叫が響く。絶叫はしばらく続いたが……次第にその声は小さくなっていき、やがて何も聞こえなくなった。
その後、画面が明るくなったのだが……
そこには無惨な姿へと変わり果てた朋花の姿。
ほとんどの髪は抜け落ち──
四肢は千切れ──
目は抉られ、鼻も耳も削ぎ落とされ──
ここまででこの映像は終わりである。今現在もこの映像は様々な媒体へとアップされ続け、何故か削除することが出来ない状態である。そんな中で、流出したこの映像に後日コメントが書き込まれる。
以下コメント──
この映像は僕の祖母の家、東北地方のとある集落に残る呪いです。見てしまったのであれば手遅れかもしれませんが……もしこれを見たあなたが、今まで
呪いの主は容姿のことで酷いいじめにあった女の子です。連日続くいじめという名の暴力により、目は潰れ、鼻も効かなくなり、鼓膜は破れ、腕も足も動かせなくなった……
過度のストレスで髪は抜け落ち、亡くなるその日まで、自身をいじめた相手を呪い続けた女の子の呪いです。
その女の子の家は今でもあります。何度も取り壊そうとしたらしいのですが……
この映像と同じで、
おそらく大半の人が
それと映像中で
この映像を見た方に聞きます。目は大丈夫ですか? 鼻は大丈夫ですか? 耳は? 腕や足は? 髪が抜け始めていませんか?
もし少しでも違和感があり、かつ
最後に、歌の全文を載せます。東北地方の方言ではありますので、意味も載せますが……不安な方は読まないで下さい。
「
──佐伯鷹臣
---
ここまで目を通して頂き、誠にありがとうございます。
登場した佐伯鷹臣ですが、ホラー長編【赤黒い渦】【伽藍の悪魔】やホラー短編【忌女の纒はる穢れ森】【夜刀の待ち侘ぶ禍つ家】にも重要人物として登場します。
併せてお楽しみ頂けましたら幸いです。
鋏池穏美
菜の花 鋏池 穏美 @tukaike
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