第5話

「ここが道具屋……?」

 アルは困惑した声を上げる。想像していた神秘的な雰囲気のある店ではなく、一般的なホームセンターを小規模にしたような店だったからだ。


「まぁ、そういう反応になるよね」

 ケイロスがアルの心象を察したように呟く。


「元は、訓練生が喜ぶような店内だったんだけどね……」

 ケイロスの話によると、元々は、木造で神秘的な内装の店だったらしいが、客から「商品が見つけ難い」だの「店内が汚い」だのといった文句が出たようだ。しばらく間は、そういったクレームにもめげずに営業を続けていたようだが、段々とクレームに嫌気がさしてきた店主が、ホームセンター風の無難な内装に変えてしまったらしい。


「……それ以来、内装について何か言われると、言った人間に対して割増料金を請求するようになってね。だから、店主の前では内装について話題にしないように気を付けなさい」

「わかりました、気を付けます」

「それじゃあ、説明しながら買い物をしようか」

 そう言って、ケイロスは店内を歩き始めた。


「最初は、鞄からだな。アル、迷宮に持っていく鞄に求められる性能はわかるかな?」

「丈夫さとかですか?」

「迷宮内は過酷な環境の場所が多いから、丈夫さは重要だね。それと、容量も重要だ。一度迷宮に潜ると、一週間以上滞在することも粗だからね。持っていく物資の量は多くなるし、持って帰るトレジャーも多くなるかもしれない。あぁ、トレジャーっていうのは、迷宮から地上に持ち帰る物品、全てに使われる表現だから覚えておきなさい」

「わかりました」

「鞄は、このぐらいの性能があればいいかな……」

 ケイロスは棚に並べられた鞄の一つを手に取り、付けられたタグを見ながら考え込んでいる。鞄には値札らしきタグも付いており、アルは気になって値札を覗き込む。


「5万ディスコス!」

 値段に驚き、アルは声を上げた。


「あぁ、値段は気にしないでいいよ」

「いえ、額が……車が買えるじゃないですか」

「そうだね、驚くのも無理はないけど。探索者をしていれば、このぐらいの出費はしょっちゅうなんだよ。この鞄だって、特に高いわけでもない」

「すごい世界なんですね……」

「迷宮で一年も働けば、外の世界では一生遊んで暮らせると言われるくらいだからね。迷宮の中と外は、物価が全く違う国だと思えばいい」

「足しにならないかもしれませんが、これ使って下さい」

「お金は私が出すから、気にしなくていい」

「いえ、多少でも出さないと気分が落ち着かないです」

「やれやれ、やたらと律儀なところはエルモ先生にそっくりだな」

 アルから渡された小袋を覗いたケイロスは「おや?」というような表情をしてアルを見た。


「エルモ先生に幾ら渡されたかおぼえているかい?」

「額は聞いてないですけど、中を見たら1000ディスコスくらい入っていたと思います」

「桁が三つ違うね。これを銀貨と見間違えたのだろうけど、これは白貨というものなんだ」

 そう言って、ケイロスは袋から白銀色のコインを取り出した。


「白貨?」

「大銀貨一枚は100ディスコスだが、この大銀貨によく似た白貨は一枚で10万ディスコスだ。それが十枚入っているから、君は億万長者だね」

「そんなに!」

「君にこれだけの金額を渡したという事は、装備は自分で揃えなさいという意味かもしれない」

「きっと、そうだと思います」

「そうだな……では、装備についてはエルモ先生から貰ったお金で払いなさい。私は、それ以外で、少し良いものをプレゼントさせてもらうとしよう」

「わかりました」

 それから、しばらくの間、ケイロスに装備を見繕ってもらい、一通りの装備が決まったところでレジへと向かった。


「随分、久しぶりだなケイロス。そっちはお前の子供か?」

 レジにいたモノクルを付けた男が、ケイロスに向かって声を掛けてきた。


「この子はエルモ先生のお孫さんだ。私の弟子でもある」

「あのストラテゴスの孫か。ついでに、お前の弟子ならサービスしてやらんとな」

「ついでは余計だ」

 どうやら、二人は知合いらしく、軽口を掛け合う様子から親しい間柄であることが伺えた。


「あの、お二人は知合いなんですか?」

「この男はラーロといってな、私の同期だ」

「よろしくな坊主、名前は……」

「アルケイデスと言います。長いので、アルと呼んでください」

「よし、覚えた。探索道具が必要な時はうちの店を使ってくれよ、ストラテゴスの孫なら二割引きで売ってやる」

「ありがとうございます。その、ストラテゴスって祖父の事ですか?」

「なんだ、聞いてないのか」

「ストラテゴスというのは、エルモ先生の二つ名だよ」

 一定以上の功績を残した探索者は、協会内で二つ名で呼ばれるようになるとケイロスは説明してくれた。ストラテゴスとは将軍という意味で、大人数で行うような探索任務で、中心的な役割を果たした事のある探索者に与えられる二つ名らしい。


「ラーロ、クリュプトン石が欲しい、店に置いてあるか?」

 会計を終えたラーロに、ケイロスが声を掛ける。


「入門用くらいしか置いてないぞ。お前が使うのか?」

「いや、アルに使わせるものだ。縮小と状態保存の石があったら頼む」

「丁度、入荷した物があるが……それにしても、一年目に必要な物じゃないだろ」

「いずれ必要になるんだ。先に触れておくのは悪い事じゃない」

「鞄に着けるんだな?」

 使用法についてだろう。ラーロが確認を入れると、ケイロスは無言で頷いた。ラーロは、カウンターの下から木の箱を取り出し、中から二つの宝石を取り出すと、レジの横に置いてあった見慣れない機械を使って、購入した鞄に宝石を取り付けた。


「二枚で足りるか?」

「一枚でいい。一つは俺からのプレゼントだ」

 ラーロはそう言うと、ケイロスが財布から取り出した二枚の金色のカードを、一枚だけ受け取った。


「アル、鞄に買ったものを全部入れてごらん」

「これ、全部ですか」

 アルは、カウンター上の鞄を見るが、買った物全てが入るスペースがあるとは、とても思えなかった。


「騙されたと思って試してみな」

 店主のラーロも、そう言ってアルに行動を促す。


 二人に促され、とりあえず鞄に詰められるだけ入れてみようと開けてみる。鞄の内部は外から見た通りの大きさで、特別大きな空間があるわけではなかった。アルは本当に入るのか疑いつつも、とりあえず水筒を入れてみようと鞄の中に入れてみた。変化は、内部に水筒を入れようとした瞬間に現れた。水筒が鞄の中に入ったと同時に、小銅貨ほどのサイズに縮んだのだ「うわ!」と声を出し、驚いて鞄の中から手を引き出す。


「これって……」

 呆気に取られて、アルが尋ねると、二人は顔を見合わせて吹き出した。


「驚いただろう。これが、一般人が知らない魔導技術の一つだ」

「毎年見ているが、訓練生が驚く様子は格別だな」

 ケイロスとラーロは、驚くアルの様子に満足したような表情をしている。


「呆けているところ悪いが、プネウマについて、どの程度知っているか話してくれるかな」

 目の前の出来事に放心しているアルに、ケイロスが話し掛けてきた。どうやら、この場で授業を始めるつもりのようだ。


 ケイロスの質問に出てきたプネウマとは、大気中……特に迷宮の入口周辺に多く存在するエネルギーのことである。アルたちの住むペリペティア王国には、このプネウマを集めるための収魔塔と呼ばれる装置が幾つも建てられており、収魔塔で集められたプネウマは、一度、蓄魔殿という場所に集められ、そこから各家庭に送られ多種多様な魔導機器を動かすエネルギーとして活用されている。


「ま、魔導機器を動かすためのエネルギーのことです」

「その通り。では、魔術については知っているかな?」


 魔術とは、プネウマを魔導機器を通さずに、様々な現象を起こすためのエネルギーとして利用する技術のことである。優れた魔術師の中には、巨大な炎の柱を出したり、大雨を降らせたりする者もいると聞いたことがある。


「魔導機器無しで、プネウマを用いる技術のことです」

「正解だ。魔導と魔術は、機械と生身という違いはあるが、どちらもプネウマをエネルギーとして活用する技術だということはわかるね」

「はい」

「プネウマは周囲の状況に応じてあらゆるものに姿を変える物質、そう教わってきたね」

「そうです」

「プネウマの性質として間違った認識ではないが、それだけではプネウマを説明することは出来ない。理由はわかるね?」

 アルの目の前の光景が、プネウマによって引き起こされたのであれば、これまでの認識は間違っていたことになる。プネウマは万能のエネルギーというわけではなく、あらゆる想像を現実化させる“何か”なのかもしれない。


「……先生、プネウマの正体って何なんですか、この現象もプネウマが起こしているんですよね?」

 少しの間、プネウマについて考え込んでいたアルは、答えが自分の中に無いことに気付き、疑問をそのままケイロスにぶつけてみることにした。


「プネウマの正体は不明……というのが、現在の探索者協会の認識だ。ただ、今の我々よりもプネウマを活用出来ていた古代人たちは、プネウマを“神の欠片”と呼んでいたらしい。君が驚いていた物を縮小する技術も、古代人たちが発明したものだよ」

「この小さな宝石が物を小さくしてるんですか?」

 アルは鞄に付けられた宝石を興味深く眺めている。金具で革の鞄に留められた六角形の小さな宝石は、片方が無色透明、もう片方は鮮血色をしている。一見すると、水晶やルビーのように見えるが、一定周期で波紋のような揺らぎが表面に現れるので、普通の宝石ではないことが一目でわかる。


「この宝石はクリュプトン石といってね、周囲のプネウマを利用して色々な現象を起こすことが出来る、古代人が使っていた魔導機器の一種なんだ」

「これが、魔導機器?」

 アルの知っている魔導機器は、プネウマを利用するための装置が幾つも付いており、もっとメカニカルな外観で大型のものが多かった。最新の魔導機器がそういったものを小型化しつつあるという話は聞いているが、目の前にある宝石状の魔導機器には、そういったメカニカルな装置は一切付いていない。アルは目の前の光景に、エンジンを積んでいない車が走行しているのを目撃したような、薄気味悪さを覚えた。


「いきなり、色々詰め込むのはどうかと思うぞ。クリュプトン石だって二年目以降に教わるものだろ」

「まぁ、普通はそうなんだが、彼には私の助手になってほしくてね。早めに色々な物に触れてほしいんだ」

「全く以て、ストラテゴスの弟子らしい回答だな……アル、こいつに対する愚痴ならいくらでも聞いてやるから、いつでも店に来いよ」

 どう返事をして良いものかわからず、アルはラーロの言葉に曖昧な笑みを返した。


「大分、長居をしてしまったね」

 ラーロの店から出たところで、ケイロスがそう話し掛けてきた。


「そうですね」

 買い物を終えた後も、昼食を食べていくように引き留められ、何だかんだと話し込んでいるうちに、午後も大分過ぎてから退店することになった。


「あいつは話が長いのが欠点だな。これがなければ、店ももう少し儲かっているだろうに」

「すごく親切な人でした」

「ああいうのは、お節介と呼ぶんだよ。話の長い探索者は同業者から嫌われるから、よく覚えておきなさい」

「……あはは」

「本当なら、この後は魔法について講義をしたかったんだけど、生憎、夕方から協会の集まりがあってね。残念だけど、今日は、ここで解散にしよう」

「わかりました」

 明日以降についての話を聞き、アルはケイロスと駅で別れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷宮世界の探索者 桜橋靖尭 @sakurabashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ