こわイゆメ

トキワ

プロローグ


僕は裸足で、地面を踏みしめて立っている。

目に見えるものは灰色の空。灰色の地面。灰色の木々。遠くに望む山々も、全てが灰色か、もしくは黒に染まっている。


そんな白黒写真のような景色の中、ある一点だけが不気味なほど鮮やかに色彩を放っていた。


_かざぐるまだ。


灰色の地面を覆い尽くさんばかりの大小様々な風車が地面に突き刺さり、カラカラと音を立てて回っている。


僕は違和感を感じていた。じっとりと汗をかき、それなのに口の中は異常なほど乾いている。息苦しさすら感じる。


呼吸は、問題ない。にも関わらず、吸い込む空気は濁ったように重く、肺にまとわりついてくる。


_そうだ。風がないのだ。



それに気がついた瞬間、違和感の正体にゾッと鳥肌がたった。

風がないのに、風車が回っている。

カラカラ、カラカラ。

まるで大勢の笑い声のように。囁き声のように。すすり泣きのように。

無数の風車が、音を立てて回っている。

僕は恐ろしくなり、すぐにでもその場から逃げ出そうと足に力を入れた。しかし足はまるで接着されたかのように動かず、身動きひとつ取れない。それどころか、瞬きすらできなくなっていた。見開いた目の目尻がヒリヒリと痛む。眼球が乾いていく。視界が霞む。徐々に物と物の境が曖昧になっていく。




怖い_嫌だ_逃げたい_


込み上げる恐怖心に叫び声をあげそうになる。しかしそれすらも叶わない。まるで喉に石でも詰まっているかのように、ぎゅぅ、と意味の無い音だけが漏れる。


風車が鳴っている。風は吹いていない。体が、動かない。


カラカラ、カラカラ、カラカラ、カラカラ、カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ

カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ……




___不意に、風車の音が止む。


ぬるい風が頬を撫でる。

助かった。なぜだか僕はそう思った。

大きく息をすいこんで、あ、と気づく。

違う。

違うんだ。

風じゃない。

風だと思ったもの。

ぬるく僕の頬に触れたもの。

__息だ。

湿り気を帯びた。

生臭さを伴う。

ナニカの、息。


_得体の知れないナニカが、僕の隣、息がかかるほど近くに立っている。


見たくない。

見てはいけない。

そう本能が訴えているのに。

目を閉じろ、見るな、と命令しているのに。

まるで頭を捕まれ、無理やり横を向かせられるように、ぎこちない動きで

ぎ、ぎ、と首が動く。

視界が動く。

黒いナニカが目に入る。赤いナニカが着いている。さらに視界が動く。白いナニカが見える。鼻のようなものが見える。口のようなものも着いている。


顔だ。



陶器のように白い、白すぎる顔。黒いナニカは髪だ。赤い髪飾りのようなものが着いている。前髪のせいか、影になっているのか、目は見えない。

口は笑っている。作り物のように歯並びの良い、真っ黒な歯を覗かせて。

口が動く。弧を描いていた唇が、ゆっくりとOのような形に変わる。なにか言おうとしている。聞くな、聞いてはいけない。耳をふさぎたい。体が、動かない。




「 …ぉ………ん     」




ついに僕は、意識を失った。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こわイゆメ トキワ @sutotokiwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ