第122話 悪巧み?
……怒られるのは、理不尽じゃないだろうか。
「知らねえヤツについて行ったらダメだって、あれだけ言ったよな?!」
「ちゅいて行ってない。りゅーが、ちゅれて行った」
「そうじゃねえぇ! お前、賢いんだから分かるだろ?!」
頭を抱えるリトが、もどかしそうに自分の髪をかき混ぜた。
つまり、リトは他人との接触を禁じていたのだろうか。
だけど、そうすると店の人も図書館の人も、皆他人だけれど。
「むじゅんが生じるとももう」
海鮮焼きで少々磯臭くなった口内を、柑橘のジュースで洗い流して眉根を寄せる。
「何がだよ! そんな難しいことじゃねえわ!」
不機嫌なリトが、大きなコップで中身を煽った。
リトのルールはリスクを避けるためのものだろう。
だから、私はリスクを下げるために、大人を連れた行動を取ったのだけど。
リトにとって特定の「他人」の接触は想定内であり、リスクと見なしていない可能性が高い。ただし、リトの想定外の「他人」はリスクであると。
これは、あれだ。暗黙的なニュアンスの理解。
私が、非常に不得手とするもの。
「むじゅかしい……」
ルールの適用範囲や前提条件が明確に定義されていない以上、理解は困難。
結局リトが話を聞きたがったので、こうして露店のテーブルで軽い食事を済ませている。
お風呂に入りたかったのじゃないのだろうか。
「そもそも、なんでそんな……やつを選んだんだよ」
「かっこいいおにいたん?」
バキリ、と音がした。
「りと、コップ壊しただめ」
「う、うるせえ!」
頑丈そうな金属製のコップが、無残な形に変形している。
お店のコップなのに。
あの冒険者を選んだ理由は明確だ。
「冒険者で、ちゅよそうだったから」
あとは、急いでいる様子がなかったから、といったところか。
「……俺よりもか?」
不貞腐れたリトが、頬杖をついて私を見据えている。
ふと、私は違和感を覚えた。リト、怒っていたのじゃないのだろうか。
何となく、叱られているとは違う雰囲気を感じて、席を立った。
「……何だよ」
リトの膝に無理矢理身体をねじ込むと、その胸元をぽんぽん叩く。
「りとが、一番ちゅよそう」
強そう、と言うよりも実際強いだろうし。
見上げると、ふいと視線を逸らされた。だけど、少し機嫌は直ったろうか。
どうしようか、ぽんぽんもしてみたし、私はもうこれ以上手札がない。
と、もそもそポケットから出てきたファエルが、何やら耳打ちした。
なるほど、ここでも『とっておき』が使えるのか。
「りと」
「いてっ……おい!」
長い髪をぐいぐいたぐって引き寄せると、その首筋に腕を回した。
「――りとが、一番かっこいい」
今にも何やら小言を言いそうだった口元が、リトの身体が、ピタッと止まった。
少し身体を離して、銀の瞳を見上げる。
あんまり効果があったものだから、少しおかしくなって笑みが浮かぶ。
そうか、分かった。私も、リトがラザクやファエルの方がかわいいと言ったら嫌だ。
つまり、そういうことだ。
「りとの方が、かっこいい」
間近く銀の瞳を覗き込んで、はっきり宣言した。
「~~~~っ!!」
唐突に私を下ろしてテーブルに突っ伏したリトが、完全に顔を隠してしまった。
「りと?」
もしかして、まだ足りないだろうか。
もうコツを掴んだ私は、その背中を撫でながら、何とか顔を覗き込もうとテーブルに頬をつけた。
「りゅー、りとがしゅき」
「ぐっ……分かった! いい、もういい!」
呻くように私の口を塞いだリトが、今度は私を抱き込んで丸まった。
「……ダッセぇ~~。俺、情けねえ……」
顔は見えないけれど、今度はひどく沈んでいるように見える。
「いやそれマジよ? マジダサ。保護者カッコ悪すぎぃ~!」
腹を抱えて笑うファエルが、ビシッとリトの指で弾き落とされた。
リトはカッコ悪くない、ちゃんとカッコイイから大丈夫だ。そう言ってあげようと思ったのに、しっかりぎゅうぎゅう包み込まれてままならない。
「帰るか……」
ややあって大きなため息を吐いたリトは、なぜか肩を落として宿まで戻ったのだった。
「――明日あたり、お前と行ける依頼を考えるか」
数日ぶりのお風呂に入りながら、リトはやっと機嫌を戻したみたいだ。
ゆったり浴槽に身体を広げて仰のくと、独り言のように呟いた。
「りゅー、そうする!」
「なら、別に朝早く出る必要はねえな」
「りゅーも、依頼受ける!」
だって、私のお金はもうない。しっかり稼がなくてはいけない。
薬草を採って得られるお金は思ったより少ないし、他はないだろうか。
「お前が、つうか俺が受ける依頼だからな。討伐じゃお前が活躍できねえし、採取系にはなるだろうな」
採取系でも構わないけれど、ひとつ、不満がある。
「りゅーも、たかかう方法教えて」
リトは、中々教えてくれない。戦えなければ、外でのリスクは跳ね上がるというのに。
一時的に剣の使い方は教わったけれど、どうも私は剣に向いていないらしい。
「そうは言っても弟子はさぁ、究極のドンクサじゃん?」
小さな桶で一人風呂を作って、鼻歌など歌っていたファエルが、そんなことを言う。
頷きかけたリトが、慌てて視線を逸らした。
私は、そんなに鈍臭いのだろうか。
「りゅーは、まだちいちゃいから!」
憤慨してお湯を叩くと、苦笑して顔を拭ったリトが、ほかほかの大きな手で私のおでこをなで上げた。
「だからな、まだ小さくてうまく動けねえなら、それはそれで問題だろ?」
それは、確かに。
鈍臭いと、冒険者は無理なんだろうか。
だけど、私は大きな魔物を倒したこともある。
きっと、不可能じゃない。
次に図書館に行った時は、戦う方法を調べよう。
私は密かにそう決意したのだった。
ほかほかサラサラになった素肌が、冷たいシーツに触れて心地良い。
部屋の隅で武器の手入れをするリトを眺めながら、私はベッドの上でころころ転がっていた。
「わが弟子よ、戦うことを所望するならば、疾く魔法書を入手することよ」
丁寧に翼を拭っていたファエルが、ふいに視線を巡らせると、厳めしい顔でこっそり告げた。
どうしてこっそり? 口を開こうとした私に、しいっ! と指を立ててみせる。
「あの過保護者に気取られるでないわ! 些細なリスクでも、魔法の習得を阻止されるのが目に見えておる。我らで力を蓄えるのよ。弟子が強くなることに、何ら不都合はないであろう? 過保護者の気苦労も減るというものよ」
なるほど、リトは生活魔法だってあんなに慎重だったもの。
しいっと人差し指を唇につけ、私も頷いた。
「でも、魔法書あってもお金ない」
「そこよ。明日ギルドへ行った際は、町中依頼が鍵になると心得よ。過保護者に気取られぬよう、重々気をつけて探るがよい」
私は、思わず目を輝かせた。
そうか、リトがいない間に、私が依頼を受けたっていいのだ。町の外へ出るのは禁じられているけれど、町中で過ごす分には問題ないはずだ。
こっそり働いてお金を貯めて、魔法書を購入する。
「でも、りゅー依頼受けらえる?」
こそこそファエルに耳打ちすると、チッチッ、と指を振られた。
「弟子は考えが足りぬ。誰も依頼を受けるとは言っておらんわ。そんなことをすれば、過保護者に筒抜けになる故」
言っていたことが違うではないか、と困惑に首を傾けると、ファエルはいっそう声を潜めた。
「何も、ギルドを通さなくとも仕事は受けられる。違うかな? 町中依頼の傾向を見て、直接依頼を受ければよい。もちろん、リスクはある。けれど、それは命のリスクでは……ないであろう?」
私は、深々と頷いた。
その通りだ。その場合のリスクは、金銭的なもの。
たとえ踏み倒されても、買い叩かれても、その程度のリスクなら許容できる。
私はちら、とリトを見て、ファエルと顔を見合わせて頷き合ったのだった。
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