『書いてる僕は病んでいる?―ハッピーエンド症候群を通して考える―』

小田舵木

『書いてる僕は病んでいる?―ハッピーエンド症候群を通して考える―』

 僕はある病にかかっている。深夜2時のライティングデスクで確信する。

 その病とは―ハッピーエンド症候群。今書きかけの文章も適当なハッピーエンドを付して終わろうとしている。

 別に悪いことではない。ハッピーな物語を書くことは。

 書くことは僕のある種の治療、リハビリになっていて。その過程で産み出されるモノがハッピーであることは精神衛生上、いい事づくめだ。

 

 だがしかし。書き手として。これはいい傾向なのだろうか?

 ふと悩む。僕は大した書き手ではないけど、それなりに矜持プライドはあるつもりだ。

 物語。現実を敷衍ふえんしたお話。それは良い事だけで構成されるような代物ではない。

 人生は不幸やトラブルにまみれており、現実はうまくいかないものだ。

 それをデウス・エクス・マキナである僕は都合の良いように捻じ曲げまくってハッピーエンドを量産している。


 いやあ。これは罪深いことなのではなかろうか?

 深夜に思い悩む僕。その声にこたえる者はいやしない。

 。いくらウェブに作品を投稿し続け、リアクションをもらおうが、真に満たされる事はない。

 

 窓を眺めれば、漆黒の闇が街を覆っている。僕は人が働かない時間を狙って起き、こっそりとひっそりと、パソコンのキーボードを叩いている。

 

 人なき世界の孤独な創造主。それが僕。

 僕は神様を尊敬している。あんなに孤独な癖によくもこんなに複雑な世界を作ったもんだ。

 

                   ◆


 紫煙の底に僕は沈みこむ。

 執筆には煙草が欠かせない。昔から文豪は煙草を友にした。それに習った訳ではないが、僕も執筆の伴奏者として煙草を選んだ。


 ニコチン。神経伝達物質の放出を促すアゴニスト。コイツを摂取することで僕のイカれたシナプスどもに活を入れる。

 放たれよドーパミン。そして回転せよ、僕の頭脳。


 僕は短くなりつつある煙草を眺め、考える。

 最近の自分はとかくハッピーエンドを量産しているが、そこに理由はあるのだろうかと。

 確か。太宰治はエッセイでこのような事を書いていたと記憶している。

『暗い話を書いている時は調子が良い。明るい話を書いている時は調子が悪い』

 僕はこの意見に賛成である。暗い話を書くには。徹底して現実を敷衍し、不幸を用意し続ける必要がある。これをするには精神の健康は欠かせない。精神力がない時に不幸を描写し続けるのは疲れるのだ。というか疲れるで済んでいる内は良い。もっと悪い事態になれば。自分が書いてる文章に引っ張られて自分の調子を崩す事もあり得るのだ。


 明るい事を書くのは楽だ。正直。

 書いてて楽しい。後は、デウス・エクス・マキナである僕が強権を発揮すれば良い。


 そういう訳で。

 最近の僕は楽をしているのではなかろうか?ふと思う。

 …まあ。執筆をストップする前と比べたら、大分楽をしているのは事実だ。

 執筆をストップする前、今年の1〜4月にかけては。僕は文章を書くことに丸一日をしていた。

 朝に起きて。推敲すいこうを始め。昼までアイデアを温めて。夜になる前に書き上げて。

 その間にも文章のチェックをしっかり行っていた。

 ところが現在は。

 朝起きて、しばらく色々なチェックをしたら、すぐに文章を書きだす。

 頭が真っ白なまま書き出す事はザラだ。書きながらプロットを作る…と言うか書いているものに対して、即興で嘘を付いていく感じ。

 うん。楽をしている。かなり時間に余裕を持てるようになった。だから朝の内に書き終えて、その脚でハローワークに偵察に行けたりするのだ。

 

                   ◆


 僕はライティングデスクに舞い戻る。

 そして文章を頭から読み直す。まーたハッピーエンドである。

 本当はこの話の登場人物の一人を殺すつもりだった。だが。僕は登場人物たちに思い入れが出来てしまい、甘い対応をし、ハッピーエンドに連れてきてしまった。


 前の僕はそれなりに登場人物に対して非情になれた。

 それは僕が健康だったからだろうか?どうだろう?さっきの話とは矛盾するが、そうでもないような気もしないではない。

 

 登場人物。これを読んでいる書き手の皆さんはどう創ってますか?

 僕は。イメージとして。自分が役者になる感じ。自分の中の色んなペルソナたちに更に仮面を被せる感じ。だから小田のキャラクタは小田っぽい感じが拭えない。


 そんな彼らはどんなに丁寧に造形しても、何処までも僕で。

 最近は彼らに強く当たれないというのは…自分に対して強く当たれないようなものだ。

 自分に対して強く当たるのは、うつの病態の一つ。

 という事は?今年の始めの頃は…まだまだ病んでいた可能性もなくはないのか。全然気が付いてなかった。


 『【自動人形(オートマタ)シリーズ】』を書いていた頃の僕は。確かに病みから復帰する途中だった。

 『【自動人形(オートマタ)シリーズ】』にはボツにした前身の作品がある。7万字くらいのプロット。それを書いていた僕は派遣の仕事をしていて。毎日2時間の残業をこなしたり、片道1時間半の通勤をしていた。執筆出来るのは週末だけだったな。

 僕はあの時。うつ後の復帰をかけてそれなりに頑張っていた。だから、月間残業時間が100時間近くなったりもした。

 その中の僕は。案外明るい気分で居たものだが。アレはランナーズ・ハイも混じっていたかな。

 …いやあ。今振り返って見れば病後の人間がしていい動きではない。

 その中で書いていた作品が病んでるのは当たり前の話のように思える。

 

 僕は派遣の仕事を5ヶ月で辞めた。無理がたたったのだ。ある日、会社に行こうとしても起き上がれなくなって。そのまま1ヶ月休んでしまったのだ。当然契約は切られて。


 僕は仕事を辞めた後。何も出来なかった。数ヶ月。

 その間は自責の念に押しつぶされていた。まさか半年も続かないなんて。

 僕はもう二度と働けないのではないか…ああ。死んだ方がマシだが。死ぬ勇気もない…


 正月が過ぎて。僕は急に目覚めた。あの書きかけのプロットが妙に気になったのだ。

 それには理由がある。『【自動人形(オートマタ)シリーズ】』の前身、アレには多大な資料費がかかってる。うん万円分の資料を買い集めたのだ。

 …アレ書かないともったいないよなあ。

 僕は定位置のベットから起き上がって。久しぶりにパソコンを起動し。

 狂ったように物語を書き始めた―んで。出来たのがあの作品群。


 僕は『【自動人形】(オートマタ)シリーズ』の登場人物に過酷な人生を与えた。

 それは物語の性質上しょうがない事だったけど。それ以上に僕は病んでいたらしい。

 自分のペルソナを切り離した役者たちに辛くあたった。それは僕が僕自身を許せていなかったからではなかろうか?


                  ◆


 今の僕はお気楽である。それはリハビリの成果もあるだろう。治療の成果もあるだろう。

 最近の僕は一応は就職活動に打ち込んでいるし、健全な範囲で創作活動にも打ち込んでいる。

 まだまだ定期的に凹んだりするが、基本的にはケセラセラ、どうにかなっぺの精神で生きている。

 これはある種の開き直りである。見も蓋もない言い方をすると。


 その精神が今創作する作品にも流れ込んでいる。

 だから…ハッピーエンドを量産しがちなのかも知れない。

 

 だがしかしなあ。

 僕はさっき自分が病んでいたと評した頃の作品群も好きなのだ。

 作家は過去作を恥ずかしがると言うが、僕は自分の過去作は恥ずかしい出来のモノであれ嫌いになれない。

 非情だった頃の僕。恐らく病んでいたであろう頃の僕。その作品群はある種病んでいるが、ある種の鋭さもあるのだ。赤裸々せきららに書かれた感情が作品に流れている。他人からの評価がどうであれ、今の僕には書けないモノだ。

 

 ハッピーエンド症候群の僕は病んでいた頃の僕をうらやむ。

 別に戻りたい訳ではない。むしろ病んでいるから戻りたくはない。

 だが。僕にないモノを持っているのが妬ましい。

 人は数ヶ月でこうも変わると思うと、恐ろしくなる。

 人の人格なんて流動的なモノだと改めて思い知らされる。

 

                   ◆

 

 

 僕は最近は思いつくままに文章を書いている。そこには論理性はない。


 僕は一応うつの診断をくだされている男だが。自分の見立てではそううつだ。

 狂ったように明るくなる時期とアホほど沈みこむ時期がグルグル回る病気。

 

 僕の語り口は―躁っぽいような気がしてならない。これは小さい頃からの自覚。


 僕は言葉の始まりが遅かった男である。小さい頃に『ことばの教室』に通う事で、何らかの脳機能―運動神経だと思う。確か脳部位的に運動野と言語野は近い―と引き換えに言葉を喋るようになった。

 喋れるようになったのは良い。だが、僕の言語機能は周りの他人と比べてお粗末なものだった。狂ったように喋るか、押し黙るかの二択。


 そう。僕は躁的な勢いで喋るか、押し黙るかの二択なのだ。

 こいつは不便だ。中間がないのだ。極端に語るか、極端に語らないか。

 作品にもその性質は表れているように思う。

 

 最近の僕はやたらめったら喋る。現実でも作品でも。

 しかし、そこには論理性がない。デタラメなのだ。厳密な論理ではなく、その場のでまかせで構成される話。

 これは悪い事のようにも思えるが。案外作品としてはっている。自画自賛だが。

 

 喋る僕は陽気だ。暗い事なんて喋らない。そんなの無粋だもの。

 だが。人生ってのはそんなに脳天気なものじゃないのだ。僕の頭の片隅のうつ野郎は言う。

 んなもん知ったことか。僕の頭を今メインで運転している躁野郎は言う。


 かくして。

 僕はハッピーエンド症候群に陥っている…のかも知れない。

 …こいつはまずいぜ。躁ってのも実は病気だ。本人も周りも気付かないが。

 今は薬でブレーキが効いてる…はずだが。この制御を外れた時、どう暴走していくかは予測がつかない。

 

                   ◆


 ハッピーエンド症候群。僕の病気の一つ。

 こいつは僕の創作スタンスを変えちまった。だから僕は敢えて病気と呼ぶ。


 だが。エンタメを書いている身としてはハッピーなエンディングを書くのは悪いことではないのではないか?

 エンタメとは奉仕である。究極のサービス業。人に喜ばれる作品がそこでは正義だ。

 

 だけどなあ。僕の頭の片隅のうつ野郎は言う。

「文学とは己の発露である。己の精神を文章にぶつけるのだ!」彼は叫んでいる。

「んなモン。ただのオナニーでっせ?」僕の頭を運転する躁野郎は反論する。

「自慰行為を見せつけるのが文学だろうが!見たくなきゃ見なけりゃ良い」

「アホか。お前は他人に読んで欲しくて文章を書くのだろう?それには奉仕の心が必要なんだよ」

「…」うつ野郎は黙り込む。それは図星を突かれたからだ。


 

 これはどういう状態であれ、願っていることだ。

 だが。文学というのは。人を寄せ付けない部分もある。こと、最近はそう。娯楽が増えた現代では、文学の地位は下落した。

 だから。人に読んでもらう文章にはある程度の奉仕が必要になる。残念ながら。


「奉仕する心の余裕なんてないんだよお!」うつの野郎は言い訳に徹し。

「だから読者がつかないんだろうが。この駄文書きめ」

「んだとお?お前が書いた文章、生ぬるくて、前より読者ついてないだろうが」

「ああん?最近は宣伝とかメンタルの負担になることははぶいてるから、総数は減った。だが、着実に評価はされている」

「でも俺の方がウケてたもんね」

「あんな暗い作品があ?」

「ああ。評価は数字に現れる」昔の作品の方が評価はついているのだ。

「…」躁野郎は凹みだす。


 …なんの話してたんだっけ?脳内小芝居をしている内に論点がズレてきた。

 

                  ◆


 ハッピーエンド症候群。僕は病気とそいつを認識しているが。

 人間。心情はその都度変わるものである。

 今の僕はそこそこ明るい気分で、他人に向かって暗い話をする気分ではない。


 なんて。書いてしまえば単純な事をうだうだ

 それは書き手としてうつの側面と躁の側面を併せ持つからだ。

 ああ。クソ面倒くせえ脳みそに産まれちまったものだ。もっと健全なメンタルを持っていれば、エンタメ書きに徹せて、ある程度評価される作品を生み出せたかも知れない…いや、それは無理かもだけど。今よりはもっと小マシな作品を書いていたかも知れない。


 今日だって。作品を書こうと煙草を吸いながら推敲していたら、脳内に『ハッピーエンド症候群』の文字が浮かんでしまい。こんな論理性もへったくれもない駄文クソを垂れ流してる。

 時間の無駄だ。

 だが。今の僕はそれを俯瞰ふかんしてみたい欲求に襲われ。とりもあえずこんな雑文クソを書き。そして明確な結論を得ないまま、文章のオチを考えながらキーボードを打っている。


 これもリハビリさ。僕の中の躁野郎は言う。

 自分の思考を垂れ流してみることで、今の状態を推し量る。

 …これじゃあ。オナニー文書クソ文書と変わりはない。なんの価値もないものを書いちまった。


                   ◆



 みなさん。どうやって創作、してますか?

 それは苦しいことですか?楽しいことですか?

 僕はその何方どちらでもあるのです。これだから創作はやめられない。

 僕はそんな危ない作業に夢中になっている。

 まるでジャンキーだ。創作ジャンキー。

 今日も文章を書き散らす。そうしないと頭が狂っちまいそうなんだ。

 

                   ◆



 

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『書いてる僕は病んでいる?―ハッピーエンド症候群を通して考える―』 小田舵木 @odakajiki

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